目指すは第2のシリコンバレー、シンガポールの野望

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大きな可能性を秘める小国

シンガポールは、東京23区ほどの面積と、兵庫県民と同人口の約560万人と小国ながら、GDPは年々伸びている。 一人当たりの名目GDPの世界ランキング( 2017年 )では、9位にランクイン。8年前と比較すると12ランクも上昇し、勢いの増している国のひとつとなった。東南アジアの中心部にあり、マレー半島の最南端に位置することから、交通や経済の要として発展してきた。

2000年代後半になると、三菱商事やパナソニック、P&Gといった大企業も、2000年代後半、本社機能の一部をこの地に移転しており、シンガポールは、東南アジアの拠点としての地位を固めつつある。

多くの企業を惹きつける要因はどこにあるのか。5月12日から19日の間、シンガポールを訪れ、その理由を探った。

世界銀行が2017年10月に発表した世界190カ国における事業のしやすさを評価した「ビジネス環境の現状2018」で、シンガポールは首位のニュージーランドに次いで、2位となった。同ランキングは、起業手続きや資金調達環境などの10項目でランク付けされる。

また、スイスのビジネススクールIMDの世界競争力センターが発表した63カ国におけるIT分野に焦点を当て評価した「IMD世界デジタル競争力ランキング2017」では、シンガポールが首位に躍り出た。同センターは、雇用統計や貿易統計などのデータを基にランク付けをした「IMD世界競争力ランキング2017」も出しており、同ランキングでシンガポールは香港、スイスに次いで第3位にランクインした。

そんなシンガポールでは、ここ10年でスタートアップ企業の数が倍増している。シンガポール貿易産業省の統計によると、2005 年には2万4000社だったが2014年には5万5000社となり、約2倍になった。

政府による太っ腹な支援

1965年の独立からわずか半世紀の若い国、シンガポールがここまで飛躍している理由は、シンガポール政府が起業しやすい環境を整えていることも影響しているだろう。

2014年にリー・シェンロン首相が、スマートネーション国家構想を発表。デジタル技術を発展させ、経済・社会・日常生活を進化させる目的で打ち出された。これはシンガポールが主導となり、産学官を連携させて新しいサービスなどを生み出す支援を行うというもの。シンガポールに拠点を構える企業は、国内外を問わず歓迎され、各プレイヤーは連携しながらプロジェクトを進められる土壌が整えられている。

そのポイントは大きくわけて3点ある。

1点目は、会社設立の敷居が低いこと。登記はオンライン上ででき、最短1週間程度で会社が設立できる。なお、外国籍であっても、就労ビザ(EP)を取得すれば法人設立が可能だ。

2点目は、シンガポール政府によるスタートアップ企業向けの支援策だ。例えば、規格・生産性・革新庁(SPRING)が指定エンジェル投資家と共同で最大200万シンガポールドルを出資する「BAS」などがある。また、2009 年~2016年にかけて実施していたテクノロジー・インキュベーション・スキーム(TIS)と呼ばれる支援制度は、ハイテク系起業支援事業者が推薦するスタートアップ企業に、国家研究基金(NRF)が投資額の最大 85%(1 社当たりの出資額上限:50万 シンガポールドル)を負担し、残り 15%を推薦した起業支援事業者が負担するもので、この制度は大いにスタートアップ企業の誕生を後押しした。このほかに、各省庁が打ち出す支援策は10種類以上にのぼる。

3点目は、シンガポールの法人税率17%が、世界的に見ても低いことだ。経済協力開発機構(OECD)のまとめによると、2017年に法人税率が20~30%台の国は、アメリカや日本を筆頭に29カ国あるが、シンガポールは10%台なのだ。法人税が低い分、企業は資金を新規事業や労働者への投資に回すことができるため、経営者にとっては見逃せないポイントになる。

現地で活躍する日本企業

ここからは実際のプロジェクトを例にみていこう。産学官が共同で進めるプロジェクトでは、なんと日本企業が活躍していた。シンガポール周辺には、24時間365日多くの船舶が行き来しており、海上交通の改善が叫ばれてきた。本来であれば、飛行機のような管制塔が必要なほど、海上ではタンカーが所狭しと行き来している。そしてこれが原因で、船舶同士がぶつかりそうになるニアミスがたびたび発生していた。

この問題を解決すべく、シンガポール科学技術研究庁は、シンガポール経営大学と富士通と共同で2014年に、先端研究組織(以下、UCE CoE)を設立。UCE CoEでは、人工知能(AI)とビッグデータを使い、衝突10分前に警告を発して衝突を未然に防止するシステムを共同で開発した。2018年から実環境で実証実験をスタートし、2019年度中の事業化を目指すという。

コミュニティとしてのコワーキングスペース

シンガポールでも日本同様に都心部を中心にシェアオフィスやコワーキングスペースが増えている。中には、約700ものスタートアップ企業が集結するスタートアップ企業ばかりが入居するオフィスビル「Plug-in@Blk71」まで出現した。このオフィスは、シンガポール政府、シンガポール国立大学、アジア最大の携帯電話事業者であるシングテルの3者が連携して2012年に設立された場所で、オフィスは相場より約25%ほど安く借りることができるという。

最近は大企業とスタートアップ企業をつなげるプラットフォームの場として、コワーキングスペースが活用されるケースが増えた。その中のひとつ、コワーキングスペース「レベル3」は、大手日用品メーカーのユニリーバが、スタートアップ企業とコラボレーションする目的で2017年2月に創設した。運営は、ユニリーバがスタートアップ企業の支援を行うために創設した「ユニリーバファウンドリー」と呼ばれる機関が担う。

スタートアップ企業はユニリーバファウンドリーを通して、400以上の商品ブランドと協力し、それらの最新情報を入手できるほか、パートナー企業からの指導なども受けられる。

支援・コラボレーションの流れとしては、まずユニリーバファウンドリー側がユニリーバの持つ課題をあぶり出す。それらを解決できるスタートアップ企業を世界中からスカウトする。ユニリーバファウンドリーの一員に選ばれた企業には、ユニリーバに隣接するレベル3と呼ばれるコワーキングスペースに入居し、そこでプロジェクトを進めていく。

しかし、単純に共同で進めればいいというわけではない。大企業のユニリーバとスタートアップ企業のゴールは異なるため、プロジェクトが始まる前にユニリーバファウンドリー側で共通目標を設定しなければならないという。その後に3~6ヶ月間の試験事業を実施し、成長性があると判断されれば、正式なプロジェクトとしてスタートする。

プログラムには北米・欧州・アジアなどから約30社のスタートアップが参加。その助言役として、多国籍テクノロジー企業のグーグルや東南アジア6カ国に展開するECサイトのラサダなどの役員が名を連ねている。共同制作の成功事例としては、南アフリカでリリースしたアプリがある。冷蔵庫の中身を入力すると、それに合わせてメニューが提案されるというもの。このアプリをリリースしたことがきっかけで、展開ブランドの数を増やすことができたとユニリーバの担当者は語った。

次に、政府系デベロッパーのアセンダス・シングブリッジとスタートアップ支援のDBICが提携して開設したのがコワーキングスペース「ザ・ブリッジ」だ。

スタートアップ企業への教育と、メンバー企業がスタートアップ企業向けに資金調達のイベントを開いて、課題解決を目指すプラットフォームの役割を果たす。ザ・ブリッジの担当者によると、当初入居したエンジニアたちは、普段パソコンとばかり向き合っている人たちで、交流することに慣れておらず、何も生まれなかったそうだ。そこで、交流のきっかけになるようなイベントを行ったことで、23個のパートーナーシップができたという。

前述のスタートアップ企業は、どれも発展途上であり、フェイスブックやエアービーアンドビーのように成功をおさめているシンガポール発の企業はまだない。しかし、複数のプレーヤーが集まり、コラボレーションすることのメリットは大きい。“政府が関わっているプロジェクト”となれば、それが呼び水となりエンジェル投資家からも支援を受けやすくなるケースもあるからだ。また、大企業であれば「知名度・ブランド力・訴求力」、一方でスタートアップ企業には「スピード感、技術力」などあり、お互いにないものをそれぞれが持ち寄り、これらをうまくいかすことで、新たなサービスを生みだしたり、改善が図られていったりすることになる。世界でもトップクラスの力と影響力を育みつつある小国の動きに、今後も注目していきたい。

Hello News編集部 須藤恵弥子

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