「目指すは第2のシリコンバレー、シンガポールの野望」では、シンガポール政府主導のもと、スタートアップ企業に対する支援体制や、ビジネス環境について触れた。続編となる今回は、そんな土壌の中で実際に世界へ進出しているシンガポール発のスタートアップ企業について紹介したい。
逆輸入製品が日本上陸
日本人の生んだ製品が、シンガポールから逆輸入されている。次世代型の家具を展開するカマルク (シンガポール)だ。例えば、同社が開発した「サウンドテーブル」は、見た目はごく普通のテーブルにしか見えないが、実はスピーカーと一体化している。天板がスピーカーを兼ねており、そこから専用アプリを通じて音楽を流すことができる仕組みだ。価格は色や形によって異なり、税抜き9万8000円~18万円だ。
同社は2018年3月から新たなサービスをスタートしている。それは、月額400円台から利用できる家具のサブスクリプション型サービスだ。
サブスクリプション型サービスとは、料金を支払っている期間だけ利用できるというもので、ネットフリックスなどの定額制動画配信サービスの家具版といったところだ。商品は、収納ボックスやラックなど色違いも含め、約150種類ほど揃っている。「色違いの家具にしたい」「飽きてしまった」といった時に、追加料金なしで他の家具と交換できる。「購入して所有する」というのが一般的だった家具に対する固定観念を覆した。
同社の和田直希社長は、もともとインドネシアで家具製造に携わっていた。インドネシアではなく、シンガポールで起業するに至った理由を和田社長に尋ねると、こんな答えが返ってきた。「シンガポールを始めとするアセアン諸国は日本よりも成長性のある市場です。シンガポールはインドネシアと違い、公用語が英語なので世界にアプローチしやすく、海外の企業から資金調達を受けやすいため、ビジネスを進めていく上で最適だと思ったからです」
売り上げは順調に伸び、創業から3年目となる2017年には年商6億円に到達した。現在は、日本、東南アジア、北米、ヨーロッパなどでオンラインを中心に販売されている。
3年で全世界へ急拡大
2015年の創業から3年で世界80カ国に広がったブランドもある。キーボックス「イグルーホーム」の開発を手掛けるigloohome Pte Ltd(シンガポール)だ。キーボックスは、ひとつの鍵を複数人で使う時に便利なアイテムで、玄関付近のフェンスやドアノブなどにくくりつけ、鍵の管理ができるというもの。最近では、無人で民泊の鍵を受け渡す際や、不動産の内見時に重宝されている。
「イグルーホーム」は、16.5cm×11.4cm×3.8cmの手のひらサイズのキーボックス。ブルートゥースを用いて、ボックスのセキュリティ設定や開錠履歴を管理できる。キーボックスの管理者は、専用アプリをスマートフォンにダウンロードすることで、開閉に必要な暗証番号を遠隔で変更可能だ。加えて、暗証番号の有効期間を1~3日までと期間を指定して設定できる。同様のキーボックスは他社からも多数販売されているが、インターネットを用いて管理する商品と比較して、ブルートゥースを用いた商品はハッカーに狙われる危険性を抑えられるという。
日本での最小販売単位は10個からで、価格は19万8000円(10個)だ。製品は、同社と販売代理店契約を結んだ30社が各国で販売にあたっている。日本販売代理店となっている株式会社SQUEEZE(東京都港区)の奥野雄貴氏によると、国内では2016年9月より販売を開始し、現在までに900個を売り上げたといい、利用者の7割は不動産管理会社だという。
短期間の間に世界80カ国に展開できた要因について奥野氏は、「商品の優位性はもちろんですが、シンガポールに拠点を構えているということも少なからず世界展開を後押しする要因のひとつになっていたのではないでしょうか」と語った。
急成長中のスタートアップ企業の拠点に
ソフトバンクグループが、2014年から2017年にかけて出資を行ったことで話題となった配車サービス「グラブ」は、2012年にマレーシアで創業されたスタートアップ企業だが、2014年に本社をシンガポールへ移転した。以来大躍進を遂げ、2018年3月にはアメリカの大手ライドシェアリング「ウーバー・テクノロジーズ」の東南アジア部門を買収するまでに成長した。
グラブは、8カ国・209都市でサービスを展開している。1日400万人もの人々が利用し、東南アジアでは最大規模となった。グラブは、ドライバーから1乗車ごとに0.3 SGドル(約40円)、乗客から3 SGドル(約240円)を手数料として徴収して収益を確保している。
スタッフの交通費管理が一元化できる法人向けのサービスも開始。提供開始から1年で、グーグル(アメリカ)やファーウェイ(中国)などの大手を始めとする5000社の法人顧客を獲得したという。
会社を定年退職し、1年前からグラブのタクシー運転手をしているシンガポール人の王さん(60)によると、1日あたり20人前後の客を乗せ、うち90%は現地に住む人だという。電車やバスなどの公共交通機関が発達しているシンガポールにおいても、グラブは人々の足としてすっかり定着したようだ。
グラブは、運転免許を持ち、車さえ所有していれば、誰でもドライバーになれるという手軽さが受けている。また、利用者にとっては、すぐに呼べることや、予約の段階で料金が確定するという明朗会計に加え、ドライバーの車両ナンバー、名前、顔写真が登録されているため、身元を把握できるという安心感が利用者の増加につながっているのではないだろうか。王さんは、グラブを通して自分のペースで好きな時に好きなだけ働けるのが魅力だと語った。稼ぎは1日あたり70SGドル(約5600円)~200SGドル(約1万6000円)だといい、今までになかった新たな雇用を生み出している。
アジアのハブとして、その存在感を増す国、シンガポール。これらの企業が近い将来、第2のフェイスブックやアマゾンとなる日はそう遠くはないだろう。街の変貌ぶりも著しいそのスピード感は、そこに存在するスタートアップ企業にも伝播している。第2のシリコンバレーを見据えた国にすい寄せられる若者は、これからも増えていくだろう。
Hello News編集部 須藤恵弥子
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