観光客の増加で新たなビジネスチャンス
2017年の訪日観光客数が、過去最多の2,869万人を記録したというニュースは記憶に新しい。5年前の2012年からすると、およそ3.5倍の増加率だ。LCCの就航数が増えたり、ビザが緩和されたりしたことで、今後もこの数は増え続けるとみられる。
そんな中、日本有数の観光地として名高い京都で、新たなビジネスチャンスに動き出した不動産会社がある。管理物件2万3,000戸、入居者数3万人と関西最大手の賃貸管理会社、株式会社長栄(京都府京都市)だ。
1980年の創業以来、賃貸管理・仲介・マンスリーマンションなど、不動産事業を行ってきた同社。訪日外国人観光客の増加ぶりに着目し、本格的に宿泊業に乗り出したのは1年4カ月前にさかのぼる。2017年3月末、同社は初の簡易宿所「CMM京都駅前」をオープンさせた。
マンスリーから簡宿へ用途変更で粗利益3.2倍
「CMM京都駅前」は、もともと長栄がマンスリーマンションとして営業していた物件だった。これを約3カ月かけて改修し、簡易宿所へ用途変更を行った。結果的には、JR京都駅から徒歩5分という好立地だったことも手伝い、大当たり。改修費用には用途変更工事や家具の入れ替えなどを含め総額約3,000万円近くかかったが、売り上げは用途変更前と比較すると、年間で2.7倍、粗利益は3.2倍となった。
そもそも、マンスリーから業態を変えてまでホテル業という新しい分野に営んだのは、リーマンショックでマンスリー稼働率が落ちるという、つらく苦しい期間を経験したからだ。特に、マンスリーのような法人相手の仕事は、景気が大きく影響しており、顧客である企業の業績によって売り上げが左右されやすいという側面がある。一方で、宿泊事業は企業景気の影響はほとんど受けないという特徴がある。
同社の宿泊事業を統括するマンスリー事業部部長の松本尚視さん(46)はホテル需要の増加についてこう語る。
「ここ1、2年で外国人観光客が目に見えて増えたと実感しています。鴨川付近では、ウェディング写真を撮影する外国人の新婚カップルを頻繁に見かけます」
「CMM京都駅前」は、オープン翌月から稼働率が90%を超え、全24室ある客室の年間稼働率も93%、平均単価は1万2,712円という盛況ぶりをみせた。オープン1年で、世界30カ国以上から4,822名ものゲストを受け入れ、そのうちの9割は海外からの訪日外国人観光客だった。集客は、Booking.comを始めとする国内外のホテル予約サイトで行っている。複数の予約サイトからゲストを募集しているため、予約状況などが一括管理できるサイトコントローラーを導入。値付けは周辺ホテルの価格を調べ、毎日1回もしくは数時間おきに適正価格を調整している。1棟目の「CMM京都駅前」の好調を受け、1年後の2018年3月には、47室の簡易宿所「CMMクリステート京都」を新たにオープンさせた。
おもてなしで満足度を高める
高稼働の影には、いくつもの工夫が散りばめられていた。まず、外国人スタッフを雇い、日本語・英語・中国語の3カ国語で対応できる体制を整えた。客室は、マンスリー時代から存在したキッチンや洗濯機をあえて残したことで、便利だと好評を呼んだ。また、チェックインの際に和柄の扇子や手鏡などのプチギフトを贈り、ゲストと交流のきっかけを作っている。さらに、新婚旅行で宿泊するゲストには、ケーキのサプライズプレゼントまで行っているという。
ささやかだがこういったおもてなしは、ゲストにとって忘れられない旅の思い出となり、ホテル予約サイトBooking.comに掲載された平均クチコミスコアが8点以上の宿泊施設に送られる「クチコミアワード2017」も受賞した。
同社の挑戦は、マンスリーマンションからの用途変更という形だけでは終わらなかった。というのも3月に旅館業を取得した全19戸の「悠旅YUTAKA」をオープンさせたのだ。「悠旅YUTAKA」は、総工費5億円かけた新築ホテル。外国人観光客を意識して“和モダン”に仕上げた。室内には、木製の引き戸や障子を取り入れ、ブラウン系色を基調とした配色にした。また、身長の高い外国人ゲストを想定し、キッチンの高さを通常より5cm高くし、ベッドも8cm長いものを採用した。宿泊価格は2名1室で平均24,000円だ。
不動産業界に身をおく松本さんが宿泊業に携わり始めて約1年。宿泊業のノウハウがないばかりか、何が必要なのかもよくわからないままのスタートだった。試行錯誤の日々は現在も続いている。「パジャマがない!」と深夜0時にクレームが入り、ドン・キホーテに1組1,500円のスウェットを買いに走ったこともあった。「この時は赤字になってしまいましたが、これがきっかけでバスローブを導入しました」と説明する松本さん。良い口コミが新たなゲストの獲得を後押ししていると考えれば、前述のような対応も苦ではないという。
2020年には宿泊施設の超激戦区に
今、ホテル事業は軌道に乗りはじめ、好調ではあるが、松本さんは常に危機感を持っている。というのも、京都では空前のホテル建設ラッシュが始まっているからだ。京都新聞の調査によると、京都市内の宿泊施設は2015年末から2020年までの5年間で約1万2,000室も増加する見込みだという。さらに民泊ブームの影響か、古民家を簡易宿所としてオープンさせる動きも活発化している。京都市の統計によると、2015年に696件にすぎなかった簡易宿所だが、2018年には2,106件と実に3倍に増加した。
街の至るところで建築工事が進むなか、松本さんは「東九条や十条など、これまでホテルがなかったエリアにもでき始めている」と驚きを隠せない。同エリアは京都駅からも近く、利便性がいいことからホテルの建設が相次いでいるのだ。次々とライバルが増え、大量供給により客室単価の低下も危惧される状況下で日夜、松本さんのトライは続いている。
Hello News編集部 須藤恵弥子
※本記事におきまして、以下に一部誤りがございました。訂正し、お詫び申し上げます。
・松本さんのコメント
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