イスラム教は、世界で2番目に人口を有する宗教である。その信者であるムスリムは、全世界に16億人(2010年)いるとされ、近い将来、世界人口の25%がムスリムになると予測されている。また、人口増加率を見ると、次の表のように、キリスト教よりもその信者の数において増加が著しい宗教ということも分かる。
日本では今、ムスリム観光客のための食事に注目が集まっている。というのも、2004年までは日本に訪れるムスリムの数は、15万人ほどだったが、インバウンド市場が活性化した2016年には70万人に達したからだ。さらに東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には140万人にも上ると推測されている。この巨大市場到来を前に、いかに彼、彼女らの胃袋を満たすかは、最重要課題。ビジネスチャンスの宝庫とも言われている。
今号から3回にわたって厳しい戒律のあるムスリムの食事、「ハラルフード」について紹介する。
参考元:「The Pew Research Center FORUM on Religion & Public Life」、「Japan Muslim Travel Index 2017」
コーランで定められたムスリムの食事とは
イスラム法では、食事についての戒律が厳格に定められているため、ムスリムは自国ではもちろん、他国においても食事に対する制限が他の宗教と比べてはるかに多い。例えば、豚肉由来のものやアルコールは断じて口にできない。
逆に、食べてもよいものをハラルと呼び、イスラム法上で「許されたもの」という意味を持つ。では実際に、どのような食材ならば口にしてもよいのだろうか。
ハラル(許されたもの) | ハラム(禁じられたもの) |
野菜、果物、海産物、乳製品、イスラム法に則った方法で殺処理された牛・羊・鶏などの肉 | 豚肉、豚肉を使ったハムやソーセージ、豚由来成分(ゼラチン、ラード、乳化剤、ショートニングなど)、お酒、みりん、しょう油(アルコールのみ) |
また、調理の過程において、豚肉などを調理した器具でハラルフードを作ることや、血を口にすることも避けられているため、牛肉であってもレアステーキは禁じられている。判断が難しいところだと、防腐剤としてアルコールが添加されているしょう油や、ソース、ドレッシングなども食べることはできない。
このように厳しく区別されているハラルフードだが、今から食べるものが本当に「許されたもの」なのかどうかは、成分表を読む以外に判断する方法はなく、海外では特に言語の問題もあって、ムスリムの旅行者が気兼ねなく食事を楽しむということ自体、大きなハードルだった。
そこで、ひと目でハラルフードかどうかを判断できるようにと、世界各地で登場したのが「ハラル認証」である。
ハラルの目印となるハラルマーク
ハラル認証とは、1970年頃にマレーシアで始まった制度で、レストランで提供された料理やお店で売られている食品が「ハラルである=安全である」と保障することを指すマークだ。この制度の概念は、原料から流通・製造を通して口にする瞬間までがハラルであるという「農場からフォークまで」という考え方に基づいている。
日本でハラル認証を受けるには、国内に20ほどある機関から「何を作り、どこで販売するか」などの計画を立て、その計画に見合った認証機関を選定する必要がある。理由は、機関によって認証基準や費用、認証後のサポート面などが異なるからである。
認証を得るには、一般的には、同じ製造ライン上でも豚肉やアルコールを使用しない、ムスリムの考えを理解した従業員の教育やマネジメント体制が挙げられる。
より厳格な認証を行う機関の場合、屠(と)畜の際に電気による気絶処理を行わなかったり、アッラーの祈りを捧げながら処理する必要があったりと、条件はより厳格化する。クリアするためにはどの機関においても非常に厳しい審査をパスしなければならず、審査にも1年ほど時間がかかるという。
ムスリム旅行者をターゲットにしたビジネスチャンスとばかりに、ハラルフードに関心を示す事業家や企業は多いが、安易な気持ちでは決して取れないのがこのハラル認証なのだ。
ハラル認証を受けるまでの流れ |
①申請書類の提出 ②書類審査 ③工場・製品の審査 ④認証機関での審議 ⑤認証取得・証明書 |
ハラル認証を受けるために企業側が機関に支払う費用は、数10万円から100万円近くかかることもあるという。時には大規模な設備投資を伴う場合もある。
これらの厳しい審査と費用面をクリアしているからこそ、ハラル認証を受けている食品は、ムスリムに安心を与え、絶大な信頼を得ることに成功しているのだろう。
ハラル市場の重要性
「Mastercard-CrescenRating Global Muslim Travel Index 2017」によると、日本のハラル市場は2012年に479億円だったが、4年後の2016年には806億円まで上昇したという。そして2020年には1148億円にも達する見込みである。
東京オリンピック・パラリンピックを来年に控えた日本では、周知のとおり訪日外国人の数は右肩上がりに伸び続けている。2014年には1,341万人、3年後の2017年には約2倍の2,869万人まで増加。2020年には、4,000万人まで拡大すると国は発表した。
こうした状況の中で、日本が2020年以降も継続してインバウンド需要を得るには、ムスリムの食文化を理解することが何より重要なことと言われている。旅の思い出は食事によって左右されると言っても過言ではない。「おもてなしの国」日本において、誰もが安心して食べることのできる食事を提供することこそが、観光立国の実現に向けて必要な要素だろう。
次号では、日本国内のハラル市場の現状について紹介する。
Hello News編集部 鈴木規文
コメント