賃貸業界、高齢者住宅業界、それぞれの分野で長く取材をしてきた記者二人が語る本音トークの第二弾。「高齢者住宅業界ぶっちゃけトーク〜前半〜」では、サービス付き高齢者住宅の現場で起きている「介護士の人員不足問題」「サ高住経営の実態」、「横行する囲い込み」などについて話をした。後編となる今回は、「在宅介護の課題」「新しい介護ビジネスはあるのか?」「路上死と認知症」について語り合う。
小川真二郎さん
千葉県市川市出身。
株式会社高齢者住宅新聞社、編集部兼企画開発部デスク。
不動産業界紙記者、大手人材サービス会社を経て2012年7月より現職。全国の介護事業者、周辺メーカーへの取材活動の他、業界最大級のBtoBイベント「住まい×介護×医療展」の運営などを手掛けている。
吉松こころ
鹿児島伊佐市(旧大口市)出身。
株式会社全国賃貸住宅新聞社の取締役を経て独立。2015年4月に不動産業界の通信社、株式会社Hello Newsを設立した。不動産会社、建設業界で生きる人々を取材している。
在宅介護は実現可能か!?
吉松 国の方針としては、在宅介護を推進していると聞きました。背景にある問題や意図を教えてください。
小川 住み慣れた家や住み慣れた地域で最期を迎えたいという願いに応える形で、国は地域包括ケアシステムの構築を進めています。地域包括ケアシステムというのは、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供され、地域での生活を支えていく仕組みです。住み慣れた地域、ということであれば、亡くなる場所が仮に自宅ではなくても、「自宅の近所のサービス付き高齢者住宅」であればその願いには答えられます。一番は自宅がいいけど、それが難しければ、住み慣れた地域で死にたいというのは多くの高齢者が望んでいることですから、その考え方をベースに進めているのが、この「地域包括ケア」です。
吉松 住み慣れた家で最期まで暮らしたいという気持ちはありますよね。ただ、そうなると身の回りのお世話を誰がするのかという問題がありますね。家族だけでは限界があるのが現実……。
小川 だから、自宅に介護士やヘルパーを派遣していこうとしていますよ。
吉松 しかしそこでも、介護職員が足りていないという問題に直面するわけですよね。今色々な業界で若い経営者率いるベンチャー企業が出てきて、業界のしがらみや常識を打ち破るような構造改革とかイノベーションなどを巻き起こしていますが、介護の世界でもそういう動きはあったりするものでしょうか。
小川 ベンチャー企業もポツポツ出てきていますよ。例えば、会社に属さないフリーランスのヘルパーが、介護が必要な日に訪問するような仕組みとか構築しています。
吉松 面白いですね。例えば、シェアエコで、CtoCで、空いている人と必要な人がマッチングされるような介護ビジネスもそのうち出てきそうですね。
小川 業界から見ると、今のところ難しいと思います。
吉松 なぜですか?
小川 例えば、派遣介護サービスがあるとします。インターネットで「介護依頼者1名」などとアップし、その近くにいるヘルパーが現場に直接訪問するというスキームは、一見、効率的でいいように見えます。しかし、介護という仕事は初めて行った人がすぐにできるようなものではありません。
吉松 UBERだったら運転免許を持っていれば運転するだけで仕事はできますね。しかし、介護はそうではないと?
小川 資格があるのは前提としても、依頼主の家に訪問してみたら、想定していたよりも深刻な状態だった、というのは十分考えられます。例えば、骨折している方や半身麻痺の方だったなど。
吉松 ヘルパーさんとしても不安があるし、利用者さん側としても、どんなヘルパーがくるかわからないという心配がありますね。
小川 トイレ介助の時にどういう支え方をしなきゃいけないとか、その人その人の癖がありますからね。このような状況の中、介護する人の情報が何もなくいきなり介護するというのは、難しいのではないでしょうか。
吉松 介護は基本的には同じ方が行うのが一般的なのでしょうか?
小川 そうですね。本来なら定期的にヘルパーを変えたほうがいいのかもしれませんが。
吉松 同じ会社であれば、介護する人の情報共有はしやすいですね。
小川 カルテのような形で状況や日々の情報は、蓄積されていきます。注意事項などもかなり事細かく書いているようです。
吉松 システム上で入力、管理、共有できれば、会社の枠を取っ払って共有するスキームができるかもしれませんね。登録された情報を見て「この人の介護、私できます」というようなシステムが構築できたら、介護派遣のような新しい介護の働き方もできそうですね。
小川 確かにパート契約で在宅勤務みたいな形態をとっている会社もあります。都内全域でやっている訪問介護会社です。直行直帰型みたいなイメージですね。
吉松 ITの力を使えば、効率化できることは色々ありそう……。
小川 理論上はできると思います。派遣会社に近いかもしれない。例えば、介護士が派遣会社に登録し、この派遣会社が抱えている高齢者の家に直接訪問する。派遣会社は、介護士に訪問する高齢者の情報を事前に提供し、仕事を行う形はできますよね。ただ、実際には、会社に所属しないヘルパー、いわゆる“フリーヘルパー”は聞いたことないですね。
吉松 フリーヘルパーの中で突き抜けた人が“カリスマヘルパー”になれば、業界がまた変わっていくのでしょうね。家事代行の世界では、”カリスマ家政婦さん”も登場していますしね。
小川 そうですね。
路上死と認知症が増加傾向
吉松 最近、私がとても気になっているキーワードは、“路上死”です。
小川 徘徊路上死のことですね。認知症の方が徘徊し事故に巻き込まれたり、行き倒れたりして死亡する件数が増えているという話はよく耳にします。
吉松 警察庁が発表している行方不明者は過去10年で横ばい。しかし、動機、原因の項目が「認知症またはその疑いによるもの」という方は、1万5,683人(2017年発表)で、増加傾向にあります。
小川 認知症患者自体の人数も年々増加傾向にあり、厚生労働省によると2025年までに軽度も含め730万人に達するとしています。
吉松 何よりも、考えなけばならないのは、生涯未婚率ですよね。50歳時の未婚割合は、生涯未婚率と呼ばれ、2017年の人口統計資料集によると男性が約23%、女性では約14%というデータが出ています。つまり、配偶者無し、子無しの方が仮に介護が必要になったときに、誰が面倒を見るのかが問題となります。
小川 生涯独身という方々ですね。
吉松 そういう方たちが認知症になって徘徊し、道に迷い家に帰れず、例えばビルとビルの間で亡くなっている、そんな社会がそう遠くない未来にやってくるような気がします。
小川 考えられますね。認知症の独居も増えてくるでしょうし。認知症の患者の場合、自分の名前や住所でさえも分からない人が出てくる可能性もあります。
吉松 そうなった場合の対策として考えられることはありますか?
小川 考えられることの一つとして、認知症後の人生設計を考えることです。認知症になる前に自分が望むケアの形を家族と看護師や介護士、ヘルパーなどを入れて話し合うことです。“人生会議”とも最近言われています。相続対策などと重なってくる部分だと思います。
吉松 相続対策についても、最近は相続支援コーディネーターという資格があり、第3者の相続のプロが相続の問題を解決しています。それと同じで、高齢者介護業界でも例えば、人生会議プロデューサーや、プランナーなどの資格ができてもいいですね。
小川 新たな資格を作るというよりは、医者、介護職の誰かがチームのリーダーになり、その後のケアプランを決めていく形が一番スムーズなのでしょう。
吉松 なんとなく縁起が悪い感じがして、自分や家族の死を考えない傾向がありますが、女優の樹木希林さんは晩年「死」について語ることが多かったそうで、そういった死に対する考え方が、テレビや雑誌でもしきりに特集されていましたね。
多世代シェアハウスという暮らし方
吉松 未婚率の増加や熟年離婚が増えている時、やはり老後について考えなければならないと思うのです。以前、『婦人公論』の特集で、70代の女性友達が数人で一軒家に住んでいるという記事を見たことがあります。弊社で実施した女性座談会の中でも、老後は女友達同士で集まって、好きな猫を飼ってシェアハウスで暮らしたいという女性がいて、それにみんなが賛同し大盛り上がりしたことがありました。
小川 シェアハウスは、実際に事業としてうまくいくものなのでしょうか。
吉松 2007年に5000戸未満でしたが、2013年には2万戸を超え増加傾向にあり、ニーズもあり、成り立っていると思います。最近では特徴を持ったシェアハウスも多数登場してきました。また独身者だけでなく、色々な世代が集まって住む「多世代型シェアハウス」なども出てきました。運営会社の社長は、「共働き世帯の子供を、隠居した高齢者世帯が夕方の数時間面倒をみるような環境が理想だ」と、当時話していました。
小川 多世代シェアハウスは、核家族化が進んでいる今、理にかなっている部分はありますね。シングルマザーとシングル高齢者のシェアハウスとかも面白かもしれませんね。
吉松 シングルマザー特化型のシェアハウスはありますが、シングル高齢者とのシェアハウスはまだ聞いたことないですね。一人での子育ては大変でしょうから、一緒に住んでいる人がいるだけで安心感はありますね。
小川 今、国で力を入れているのは、要介護にならない高齢者を増やすこと、介護予防です。この介護予防でも、「人とのつながり」がキーワードになっています。
吉松 よく耳にする「健康寿命」ですね。
小川 要介護になってしまったり、身体的に悪化してしまったりするのは、圧倒的に人との関わりがない人が多いと言われています。要介護にならないで身体が動くうちにある程度コミュニティを作り、生きがいを創出することが大切です。そうすることで元気なまま長生きする人が増えていくのだろうと思います。
吉松 そうですね。街中でも、30分間運動の女性専用フィットネス「カーブス」の店舗をよく見かけます。運動しつつ、そこで顔見知りができて交流すれば、さらに健康寿命が延びる。いいサイクルですね。
小川 運動が終わった後、話に花が咲いていますよね。女性はすぐ、コミュニティができるからいいんですよね。しかし、男性は、これが難しい。なかなかコミュニケーションが取れない。私たち世代でさえも、初対面の男性が集まった時は、シーンとしてしまう。年齢が高くなれば余計に見ず知らずの人と話が盛り上がるというのは、ハードルが高いと考えられます。
吉松 男性はなかなかコミュニティ形成が難しいのが問題ですね。圧倒的に孤独死も多いのも男性ですしね。
コミュニティをどう作るか?
小川 コミュニティをどう作っていくのかは、課題ですね。
吉松 私の田舎は、既にコミュニティができています。例えば、65歳の母の元にはよく、80代の近所のおばあちゃんたちが集まってきます。「スーパーに買い物に連れて行って」とやってくるのです。田舎では車がないと買い物ができませんから、母は頼りにされているみたいです。
小川 みんなで車に乗り合っていくということですか?
吉松 そうです。数人で車に乗って、スーパー着いたら解散。買い物したらみんなで、帰ってきて、そこから井戸端会議が始まります。そこで今度はおばあちゃんたちが、みそやこんにゃくなど伝統料理の作り方を母親世代に教えています。持ちつ持たれつの関係ですね。
小川 コミュニティーが昔のようにできている良い例ですね。
吉松 都心部でも逆にそういった動きに回帰していくんじゃないのかなと最近思うのです。助け合わなければ生きていくのが難しくなってきているので。
小川 そうはいっても、都心部は難しいでしょう。もうちょっと細かいエリア単位で何かうまい方法があればいいと思います。エリアマネジメント的な視点で街の開発をやってくれる人が出てくると変わりそうですね。その役割を担う人には、資金力や行政との調整能力など必要になります。介護業界の人はそこで“介護をする”という力は提供できますが、それらをまとめるエリアマネジメントとなると、そういったスキルが必要ですよね。「エリアマネージャー」は、どういう人が適任だと思いますか。
吉松 土地を持っている地主や不動産会社が、そういうスキルを持てたらスムーズでしょうね。地域、そこに住んでいる人、介護士、高齢者とその接着剤的な役割ができる人です。すでに不動産業界で、そういう動きをしている人もいると思います。業界を縦割りに考えるのではなく、「建築と医療」「介護と不動産」「地域とシェアハウス」「住宅と高齢者ビジネス」みたいにコラボした取り組みが活発になっていったらもっと面白くて、低コストで豊かな街づくりが実現できるのではないかと思います。そういう事例をどんどん取材して記事にすることで、ノウハウを共有できるよう後押ししていきたいですね。
超高齢社会を生きている私たち。介護の世界のことは介護業界の人たちの課題と思うのではなく、自分たちの業界でもできることはあると考えて動くと、何かヒントが出てくるかもしれない。
Hello News編集部 山口晶子
コメント