<前編>災害のリスクヘッジに「2地域居住のススメ」

本連載は、アメリカ人とニッポン人、双方の感覚を併せ持つ寅さんこと励さんが、リアルで痛快な「多地域居住ライフ」を紹介する本邦初の手引書である。今回は、私が台風15号を経験して感じたことをお伝えする。

梅沢励
日本に2つ、アメリカに4つ、合計6つの家を持ち、4台のマイカーを乗りこなして自由な移動を繰り返す“現代版フーテンの寅”こと、梅沢励さん。東京、千葉、マイアミ(フロリダ州)、オーランド(フロリダ州)、ジャクソンビル(フロリダ州)、アトランタ(ジョージア州)を行き来する「多地域居住」の暮らしは、今年で16年目に突入した。5年前、グリーンカード(永住権)を手に入れ、生涯アメリカ居住を宣言。オンラインアパレルショップで生計を立てながら、週末は、アメリカ国内の催事場で日本から運んだ飴玉やグミ、チョコレートを売りさばく気ままな暮らしを楽しんでいる。

目次

日本を襲った台風15号

9月6日(金)に、仕事の都合でフロリダから実家がある千葉に帰ってきました。ところが、台風15号が直撃しまして、2日間停電していました(驚)。ハリケーンのカテゴリー3(これは大被害が出るレベル)に相当する風速でした。

鉄塔が倒れるなど、とにかく成田空港の混乱はひどかったですね。だから、飛行機はなかなか飛ばないんじゃないか?なんて思っていたのですが、翌日にはガンガン飛んでいることに驚きました。ほとんど欠航なしでしたから。

アメリカのハリケーン「ドリアン」の時は、空港はいくつも封鎖になったのに、日本ってのは…。鉄道も夜遅くまで動いていたし、翌朝は無理やり動かしていた感じがありましたが、そんな中でいつも通りに過ごそうだなんて、「そりゃ無茶だ…」と思いました。

私は翌日、停電の家にいました。翌々日はやることがあったため、東京の八重洲に出てきましたが、2~3日休んでも良いような災害だったように思います。

「日本人はまじめだ…」。みんな“災害なんてなんのその”で会社に出社しています。僕にもそういう感じは分からないでもないですが、元来、無茶なことをする国民性なのかもしれませんね。

※9月9日(月)10時頃の横浜駅の様子

2日間の停電を経験

千葉の実家には70代の両親が住んでいます。家にインターネットはあるものの、両親はスマホを使っていません。そのため、電気がなくなると、テレビがつかないので情報を取れません。また、インターネットのモデムにも電源が通らないので、インターネットにすら繋ぐことができない状況…。

こんな時、スマホがあればよいのだが、私のスマホはアメリカのものなので、日本のインターネットにはつながらず…。そんな中、唯一の情報源は「ラジオ」でした。しかし自分の欲しい情報がピンポイントで得られるわけではなく、受動的に流れる情報を聞き取るのみ。これは非常に不便でした。

唯一の救いは、ソーラーパネルから発電される電気です。これで昼間は扇風機が動きましたが、蓄電はできないので…結局、夜は使えませんでした。

とはいえ、広範囲に及ぶ停電は起きているものの、レストランはやっていますし、コンビニも開いています。生活するのに不便はなかったけれど、やっぱり家に電気がないのはとても辛かったです。

災害時でも、いつも通りに過ごそうとする日本人

今回の台風15号で最も衝撃的だったのは、成田空港の混乱です。台風の後に続々と到着した飛行機により、空港内で1万人以上が足止めを食らったとか。。

また、台風が来る直前まで、首都圏では電車が動いていたのがとても印象的でした。台風が通過した後、すぐに世の中の人が通常通りの生活を始めようとし、それが逆に混乱を招いたように思います。

今回の台風は、その前後で身構えないといけないのだろうと感じる災害でした。それにしても、停電が起きたものの、東京電力の対応は素早かったように思います。2日間は長かったけれど、あっという間に回復したほうだと思います。フロリダの場合、2週間の停電を覚悟するなんて、とりわけて異常なことではないですから。

日本にいると、台風ってあんまり大災害という意識がなくて、全然気になっていませんでした。夜の0時まで電車は動いていたし、翌日の成田空港には多少の欠航がでたものの、続々と飛行機が到着してきました。計画的な運休を予定していた交通網も朝10時には通常運転の予定でした。

つまりは、翌日の午後にはほぼ通常の月曜日という心構えだったものだから、世の中は混乱したんですよね。千葉は、月曜日の朝は広範囲において停電だったし、電車も修復どころか、点検すら終わっていませんでした。成田空港では、飛行機が到着し、続々と人が現れ、多くの人でごった返しました。電車の列に並んだり、駅構内に入るのに3時間?と待たなければならなかったり、成田の交通手段がマヒしたために歩いて外に出ようとする人がいたり。などなど、狂気の沙汰だったかもしれません。

ではどうしたらよかったのでしょうか?

まずは「家に居る」。そもそも、前日、当日、翌日3日間くらいは動かない…程度の災害対策というのは必要だったかもしれません。その間に用意できるものはあったと思いますし、心の準備もできたと思います。事が起こらなければBBQでもしようという休息があったかもしれません。

でも国民性としてそれができないんだろうなと思います。僕も同じ。日が出りゃ外に出る。BBQなんてしようと思わない。ただ、もう少し余裕があれば、世の中はここまで混乱することはなかったんじゃなかろうか?と思うのであります。

フロリダではハリケーンが近づけば公共機関は休み、空港ごと封鎖で飛行機は飛ばない、お店もみんな休み、会社もみんな休み。日本とは違います。どちらが一概に正しいかの判断はつかないけれど、アメリカではごちゃごちゃの混乱した駅に3時間も並ぶという狂気の沙汰は起きないと思います。

1つの場所に固執しないこと

「2地域居住」は、もしかしたら災害のリスクヘッジになるかと思います。1地域に縛られると、逃げることはできません。もちろん、避暑地の軽井沢に別荘があるというように、もともと2つの地域に住んでいる人はいるかもしれませんが。

フロリダでは、「2地域居住」をスノーバード(渡り鳥)と言い、夏の間は涼しい北部に住み、寒くなると、南のフロリダに降りてくる。そういう高齢者は多いです。

そういう人たちは、金銭的に余裕のある人たちだと思いますが、そうは言っても大富豪ではありません。にもかかわらず、そういう生活をしている人は多いです。

2地域で生活することに慣れている人は、1カ所で災害があれば他に行く場所がありますし、1つの場所を離れることに抵抗がありません。

台風15号では、私は2日間の停電を経験しました。友人は3日間停電したと言っていました。私は、都内に出れば自分のお店があるので居場所はありましたし、友人もいますから、都内で生活してもよかったのですが、動けない両親がいたので、ともに過ごしただけです。

両親が「2地域居住」ができる、もしそういう習慣があれば「台風が来そうだ。じゃあ2~3日前からもう一つの場所に行こう」。そういう対応はできたかもしれません。

千葉や神奈川以外に居た人たちにとって、“台風15号はどこ吹く風”と言っていいくらい、停電も断水も一部の地域だけです。それでもそこに住み続けることに固執したのは、「1つしか住む場所がなかったから」だと思います。

「2地域居住」ができる人は少ないかもしれませんが、「2地域居住」ができるのに、その習慣がないという人は意外と多いと思います。それが災害へのリスクヘッジになるという意識があっても…です。

家というのは、個人にとって最も大きな投資ですが、個人の投資が家1つだけになっているというのは、やっぱり投資の基本としては間違っているかもしれませんね。1つにリスクが集中しているということですから。

梅沢励

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