<前編>「5万人の不動産営業マンが集まれば業界を変えることができる」トリビュート田中稔眞社長インタビュー

「え?あんた、不動産業者なんか?!」

付き合っていた彼女の父親に初めて挨拶に行った時、顔をしかめながら言われたひと言が忘れられない。「真面目に仕事をしているのに、なんでこんな言われ方しないといけないんだ…」。

結婚相手の職業として、嫌がられてしまうような業界に未来なんてあるのだろうかと思った。しかし、次の瞬間、自分に言い聞かせた。「ならば自分の手で業界を変えてやる」。株式会社トリビュートの代表取締役、田中稔眞さん、26歳の時だった。

明治から昭和初期を生き、ニーチェ全集の翻訳を行った生田長江氏はこんな言葉を残している。

「自分の前に敵がいっぱい現れた時は振り返って見よ。味方がいっぱいいるものだ」

同社は今、創業10年目を迎え、東京と福岡に拠点を構える。「業界を変えてやる」と誓った社長の想いに共感する社員13人が、田中さんの下で働いている。毎朝行われる、朝7時からのミーティングも厭わないメンバーだ。

同社が開発した、宅建士と宅建士をマッチングさせるアプリ「TRG(トラジ)」を武器に、不動産業界に変革をもたらそうとする田中さんに、思い描く不動産業界のあり方について話を聞いた。

後編はこちら

株式会社トリビュート 代表取締役 田中稔眞さん(39)
目次

情報よりも人にスポットをあてる

2019年11月6日、東京・秋葉原で行われたCM発表記者会見の会場では、今か今かとCMキャラクターの登場を待ち望む記者団がいた。この日は、福岡と名古屋でのCM放映開始に合わせ、大々的に「トラジ」のお披露目会見が行われる日だった。会場には大きなテレビカメラが数十台並んでおり、注目の高さが窺い知れた。そんな中、筆者は会場の片隅で小さくなっていた。不動産業界の記者会見では、芸能人が出るような華やかな会見などほとんどないからだ。

「みなさん、こんにちは~」

壇上にさっそうと登場したのは、筋肉リズム体操でお馴染みの武田真治さん。スーツ姿にネクタイなのに、両腕は剥き出しという出で立ち。筋肉の力強さと、そこから醸し出される信頼をアピールする狙いがあったという。

「まずは『トラジ』という名前だけでも一般の人たちに知ってもらいたいと思って、人気のある武田さんに出演をお願いしました」と田中さんは話したが、その思惑通り、武田さんが登場すると一斉にフラッシュがたかれ、囲み取材では質問がひっきりなしに飛んでいた。

CM発表記者会見の様子

今年7月に不動産営業マンのマッチングアプリ「TRG(トラジ)」がリリースされました。開発期間や広告戦略について教えてください

構想から約2年で形にすることができました。テレビCMは九州と愛知、それに加えて12月1日から新宿アルタ前や渋谷109の大型ビジョンで流しています。まずは世間に認知してもらうことが重要だと考え、広告宣伝料にはそれ相応の費用をつぎ込みました。

宣伝効果はありましたか?

CMを流していない地域の人からも「どこかでトラジを聞いた」「テレビで見た」とお問い合わせをいただいています。ネットニュースやSNSなどで話題になっているようで、様々な地域の方に拡散されたのかなと思っています。CMキャラクターに武田真治さんを起用した効果を実感しています。

開発に至るきっかけは何だったのでしょうか?

営業マン同士が安心して交流できるにはどうすれば良いのだろうかと考えたことがきっかけです。そこで、相手に信頼してもらうには自分のことを自分でPRできる場が必要だと気づき、「人」にスポットを当てたマッチングサービスを作れないかと考え始めました。

例えば、不動産売買の世界では「信頼と実績の〇✖不動産」という言葉が頻繁に使われますが、これだけでは「信頼」という言葉になんの根拠もありません。しかし、実際には様々な理由があると思うんです。もし創業30年であれば、真面目にしっかりやっているからこそ30年もの間、会社を続けられるわけでしょう。

ただ、その事実を発信する場所がない。相手に根拠が見えていない状態で「信頼」や「実績」をいくら語っても真実味は薄れていくだけ。それはとてももったいないことだと思いました。これが一つ目の理由です。

2つ目の理由はなんでしょうか?

最短距離で売主と買主をつなげられたら、お金や時間などたくさんの無駄が省かれると思ったことです。

実際に起きた話なのですが、売主からある物件を預かったので、A社に購入希望者がいるか聞いたんです。すると間もなくして買主Dが見つかったというので、どういうルートで見つかったのかを聞いてみると、間にB社とC社が入っていたことが分かりました。結局、C社の顧客Dが買主になったのですが、そのC社はもともと私の知り合いだったんです。最初から私がC社に紹介していたら、もっと早く、そして安い手数料で売ることができたのではないか。こんなことが現場では頻繁に起きているんです。

どうしてそのようなことが起きてしまうのでしょうか?

理由は簡単です。現場のツールでは売主情報しか載せることができないからです。もし買主情報を載せることができれば、ピンポイントでその買主にコンタクトすることができるようになります。実際、不動産業者が勝手に出回り物件(※)だと思い込んで、買主にその情報をあえて出さないケースもあります。本当はその物件が希望条件に沿っていたとしてもです。
(※)長い間、売れずに残っている物件のこと

そこで、日々買主の情報を業者同士で交換できるようになれば、もっと早く取引が成立すると思ったんです。

「トラジ」のメリットは、売主情報を持っている“人”と、買主情報を持っている“人”が、ピンポイントでつながれることにある。間に人や会社を挟まないことで、情報が歪曲して伝わったり、手数料が膨れ上がったり、契約までに時間がかかったりすることを防ぐことができる。

筆者自身、これまで様々な不動産ポータルサイトを見てきたが、“人”を検索することで物件の売買や賃貸ができるようになるサイトは見たことがない。もちろん、不動産営業マンをターゲットにしたサイトも聞いたことがない。田中さんは、不動産業界がこれまで抱えていた圧倒的なコミュニケーション不足を、“人”にスポットを当てた「トラジ」で解決しようとしている。

「トラジ」の機能
①ユーザー検索
地域や会社名、店舗名でユーザー検索が可能。「買い手」と「売り手」が、それぞれの取引実績や得意領域などの人物情報を見ながらアプリ内で出会うことができる。
②チャット機能
パートナーとの1対1のチャットの他、物件別にチャットすることも、複数社のユーザーによるグループチャットをすることができるす。スマホでもパソコンでも同じ機能が使える。
③物件情報検索・閲覧機能
アプリ内では、情報の発信元が明確な営業マンが物件情報を掲載し、購入希望条件を登録すると、条件に合致する物件・土地が自動的に紹介される。自身が登録した売却不動産も、全ユーザーの検索対象になる。

人を検索できる「トラジ」は、営業マンが抱える「どうやって買い手を探すか」という課題を解決する手段のひとつになりそうです。

今、世に出ているサービスは基本的に売り物件の情報しか載らないようになっていますよね。それを解決するため、「トラジ」では人物に焦点を充てるようにしました。とはいえ、リリースしてまだ数カ月なので、ユーザーの声を聴きながらもっと改善していこうと思っています。

今が完成形ではなく、まだまだ進化されるのでしょうか?

開発は5次フェーズまで考えています。今は1.5次です。3.5次では営業マン同士で評価し合えるような機能も実装していきます。また、営業マンの強みや弱みが一目で分かるよう、レーダーチャート方式でカテゴリー別に分けて検索できるようにしたいと考えています。分譲マンションや1棟ビル、土地など、不動産業といっても業態は全く異なりますので。

最終的には、3年後くらいの完成を目指しています。その時にはスマホ一つで契約までできるようになればと思っています。そのためには理解者を増やし、あと10億円ほどの資金を調達しながら、会員を増やしていかないといけません。

今、「トラジ」内では、どれくらいの人がマッチングして、何件くらい売買契約が成立しているのでしょうか?

2019年12月3日時点で250人、12月19日現在で300人を超えるユーザーが登録していて、少しずつ会員同士のマッチングも増えてきています。登録してくださった方々からは「便利だ」という声も届いています。

ただし、契約件数については当社では分からないようになっています。当社としては、契約の入り口となる“出会いのマッチングサービス”だけを提供している形です。

どれくらいの会員さんに使ってもらいたいと思っているのでしょうか?

5万人です。そこまで集まったら募集を打ち切ろうと思っています。というのも、会員になるには身分をはっきりさせるために宅建免許を登録していただく必要があります。

また、「トラジ」を活用するとなると、ある程度の営業実績も必要です。そのため、信用がおけて、情報の質の高い会員が5万人もいれば、十分に日本全国をカバーできると考えているからです。

5万人の世界が実現したら「トラジ」内の不動産取引額がすごいことになりそうですね。

数百億~数千億円までいくかもしれません。そうなると信じています。

それと、すごく大事なことだと思っているのが、日本の不動産の時価総額や相場観は、1年2年遅れてしか公表されないんです。だから、今日この物件を買いたいなと思って一生懸命調べても、1~2年前の相場しか載っていないということがあります。もし、「トラジ」の会員数が5万人になったら、1人1物件載せるだけで、1日で5万件も情報が集まります。これをビッグデータにして、みんなが共有できるものにしたいと思っています。そうしたら「今日の天気」みたいな感じで、「今日の相場」というのを作ろうと思っています(笑)。

不動産業界で働こうと思ったワケ

最初から不動産業界に興味を持たれていたのでしょうか?

そんなことはないです。大学時代なんて、テレアポや引っ越しのお手伝い、公共放送の集金、魚市場での販売など、あらゆるところで働いていました。たぶん30種類くらいはやっていたんじゃないかな(笑)。当時の私はとにかくお金を稼げる仕事ならなんでもやっていました。

ではいつ頃から不動産業界に興味を?

お恥ずかしい話ですが、アルバイトに明け暮れていたら大学を中退することになってしまいまして…。それでその時、父から「働け!」と言われて、地元・福岡の不動産会社に面接に行ったのが最初の一歩です。業界に興味があったわけではなく、大きなことにチャレンジできて、かつ、お金を稼げる仕事は何だろうと考えた結果、不動産業界だと漠然と思ったんです。

最初に勤めた会社ではどんな仕事をされていたのでしょうか?

オフィスのテナント仲介を行っていました。1年半、勤めたのですが、より大きなチャンスをつかむためには不動産売買の仕事をやった方が良いのではと考えるようになり、23歳で仕事を辞めました。

その後、不動産売買の仕事を探していたら、ある上場企業の求人に目が留まったんです。ここしかないと思い、本社のある東京に直接行って、面接してくれと直談判しました。そうしたら合格でき、入社することに。これが2003年の時でした。

田中さんの売買経験がスタートした時代は、Jリートによる不動産証券化で、不動産業界に進出する企業が一気に増え、加速度的に急激な成長を遂げていた。レイコフやレーサム、ケネディクス、ダヴィンチなどが台頭したのもこの時代だ。田中さんが勤めていた会社も例に漏れず、50人だった社員が3年で400人まで増え、会社が成長期を迎えていた頃である。ところが、周知のとおり2007年にサブプライムローン問題、2008年にリーマンショックが起き、アメリカの株式市場が急激に下落。日本にも不況の波が押し寄せ、田中さんを取り巻く環境も一変した。

後編では、苦境を迎えた田中さんが起業に至るまでと、田中さんが思い描く不動産業界の未来について紹介する。非効率な業務の改善やユーザーファーストで考えられたサービスの提供を目指している田中さんは、不動産業界に古くからある慣習という敵を前にして、仲間たちとともに一体どのような戦略を考えているのだろうか。

株式会社Hello News 鈴木規文

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