職人シリーズ⑤フォンさん(ベトナム人)「自分の未来を照らすために日本にチャンスを掴みに来た」

建設業界は今、建築費高騰と人材不足で倒産が過去最多という状況に陥っている。未完工事は15兆円超。そんな逆風の中でも、職人を志す若者が現場で活躍している。
ハローニュースでは、未来を担う若き職人たちの声を届けるため、現場で活躍する若い職人たちにスポットを当て、紹介していく。

過去回

日本に来たばかりの頃は、言葉も仕事もまったくの初心者。先輩に一から教わりながら、自治体が運営している、月200円で通える日本語教室にも通った。授業は夜9時まで続き、寝不足が続いた。

日本語の勉強で難しかったところは、現場で使う日本語と授業で習う言葉が違うことだった。教科書ではきれいな日本語を学ぶが、現場で飛び交っているのは“べらんめえ口調”。何度も聞き返すことがあると話すのは、ベトナム人のリフォーム職人、フォンさん。31歳だ。

フォンさんが日本に来るのを決めたのは、ベトナムにいた19歳の時に経験した電気工事の仕事が理由だ。給料は月2万5000円。将来のことを考えると、「お先真っ暗だ」と考えていた。
友人から「日本には給料が高い仕事がたくさんある」と話を聞き、すぐに日本への留学を決意。アルバイトをしながら、技能実習生になるために日本語専門学校に通い、日本行きのチケットを手に入れた。その時、フォンさんは20歳だった。

フォンさんは笑って話す。「あのままベトナムに残らなくて本当によかったと思う」と、日本に来てから11年経った今、流暢な日本語で笑った。

来日直後、彼が苦しんだのは言葉の壁だった。

まず、技能実習生としてリフォームの現場に入ったが、日本語学校で学んだ日本語がなかなか通じない。意味がわからず、先輩にも何度も怒られた。「とにかく言葉を理解いなければいけない」。フォンさんは日本語のスキルアップを目指した。

仕事でクタクタになった体に鞭を打ちながら、帰宅後も同期のベトナム人と一緒に日本語を学んだ。自治体が運営している日本語学校を見つけ出し通った。終わる時間は夜9時。それを2年間続けた。

日本語が上達するにつれ、フォンさんは長く日本で働けるよう技能実習2級の資格を目指すことにした。1回目は落ちた。2回目で合格した。
「仕事が終わった後も、日本語のオンライン授業を受けていました。かなり難しかったけれど、リフォームの仕事は楽しいし、このまま続けたいと思ったから頑張れた」

仕事では、どんなに怒られても、「辞めたい」「帰りたい」と思ったことは一度もないとフォンさんは言う。努力を重ねて、クロス貼りは1年半でマスターしたそうだ。床なども含めると2年ほどで一通りの作業をこなせるようになった。

仕事に慣れてきた時、ある夢を抱くようになったという。
それは、この会社で学んだことを活かして、ベトナムのホーチミンかハノイで、リフォーム会社を設立したいという思いだ。

いつ頃叶えたい夢なのか聞いた。
「33歳までには達成したい。あと2年です」と話す。
本当は区切りよく30歳で独立したかった。しかし、コロナ禍により、挫折。それを良い機会と捉え、その間に貯金をしたり、スキルを身につけたりして、自分を磨き続けた。

今では若い後輩たちを教える立場にもなった。仕事仲間とは寮で共同生活を送り、キッチンやお風呂をシェアしながら友情を育んでいる。

フォンさんは、「人によって声の掛け方を変えたりして、先生のような気持ちで教えるようにしています」と、みんなから慕われる外国人の先輩社員として頑張っている。

ベトナムには両親がいる。
日本で身につけたリフォーム技術は必ずベトナムで活かせると思っている。また、職場の社長が、ベトナムでの独立を支援してくれると言ってくれている。
取材中のフォンさんは、2年後の里帰りを待ち切れないといった様子で当時のことを振り返りながら、目を輝かせていた。

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