ドイツの賃貸住宅事情

前回の記事、アメリカの賃貸住宅事情でもお伝えしたが、日本でもやっと住宅の断熱性能が注目されるようになってきた。では、環境先進国であるドイツの賃貸住宅はどんな感じなのだろうか。今回は、1989年から2013年まで、24年にわたってドイツに暮らした荒井さんにお話を伺った。

目次

ドイツの集合住宅の種類

ドイツの集合住宅は、大きくはアルトバウ(Altbau)とノイバウ(Neubau)の2つに分けられる。
アルトバウはドイツ語で「古い建物」を意味し、1949年より前に建てられた建物のことを指す。3mを超える高い天井や大きな窓が特徴で、ファサードなどの装飾も美しい。石やレンガでつくられた建物は頑丈で、1800年代に建てられたアルトバウが今でも使われている。

一方のノイバウはドイツ語で「新しい建物」を意味し、1949年より後に建てられたシンプルで機能的な建物を指す。天井はアルトバウよりは低く、2.5mほど。現代の建築基準で建てられているため、断熱性やエネルギー効率が非常に高く、環境に配慮した建築が増えている。

間取りはアルトバウもノイバウも日本の一般的な住宅より広い傾向にある。特にアルトバウの広さは顕著で、荒井さんによると、アルトバウはバスルームだけで20㎡あるものもあるという。これは日本のワンルームマンションに匹敵する広さだ。実際に、荒井さんが日本に帰国して借りた部屋は、ベルリンで住んだアルトバウのバスルームよりも狭かった!
 
しかし、日本人なら「そんなに広いと暖房効率が悪そうで寒いのではないか」と、つい考えてしまうが、ドイツではセントラルヒーティングは「あって当たり前」。そもそも、断熱基準が違うのだ。ヨーロッパで義務化されているUA値※1は0.26 W/㎡K。2025年から日本で義務化されるUA値は0.87 W/㎡K(6地域)。つまり、性能差は3倍以上にもなる。
※1 外皮平均熱貫流率。外気に触れる住宅の壁や屋根、窓等の開口部から室内の熱がどのくらい外へ逃げやすいかを表す。数値が小さいほど熱が逃げにくく、断熱性能が高いということ。UA値=外皮総熱損失量(W/K)÷外皮総面積(㎡)
 
アルトバウは広いので、家族やルームシェアで住むことが多い。一方、ノイバウでは、ワンルームや学生寮なども見られる。

引っ越しも原状回復も自分で

ベルリンの住宅市場では、既存の建物をリノベーションしながら住むのが主流。賃貸住宅の特徴として部屋に照明器具はなく、なかにはキッチン(シンク)が備え付けられていないこともある。賃借人が自ら用意し、壁紙も自分で張らなければならない。退去する時には壁紙をはがすなど、原状回復のルールが物件ごとに決まっているのだそうだ。
 
引っ越しに関しても、業者に依頼するのではなく、友達に来てもらいレンタカーを借りて荷物を運ぶ人が多く、荒井さんも実際そうしていた。
 
ベルリンの住宅事情を聞いていると、自分でやることが多くて大変そうだが、ドイツの人々は日常的に自分で修理やリフォームを行う文化が根強いそうで、街中のDIYショップの規模と品揃えは日本とは比べものにならない。広大なお店には窓や洗面台、バスタブまで売られている。郊外では自力で家を建てる人もいるのだそうだ。
こうした何でも自分でやってしまう文化には、ドイツの労働環境も影響していると考えられる。ドイツでは夕方5時には仕事が終わり、プライベートが優先される。だからこそDIYに充てる十分な時間があるのかもしれない。

ベルリンのエコ事情

断熱性能について触れたが、それ以外にもドイツの環境への取り組みは進んでいる。再生可能エネルギーの分野においても、ドイツは日本のはるか先を行っている。2023年の電力消費量に占める再エネの割合は、51.6%に達した。同年の日本国内の全発電電力量(自家消費含む)に占める再エネ割合は25.7%だった。
ドイツでは、電力会社は発電源に関する情報を公開することが法律で義務付けられている。そのため消費者は環境に配慮した電力会社を自由に選ぶことができるのだ。荒井さんも再エネで発電している電力会社を選んでいたそうだ。こうした電力市場の透明性が、生活者に意識的な選択を促し、環境問題に関する当事者性を高めているのかもしれない。
 
Bio(ビオ)スーパーもそこかしこにあったという。BIOとは、農薬や化学肥料などをいっさい使用せず、100%有機の原材料によって生産されたオーガニック商品のこと。食料、化粧品、洗剤など、品ぞろえは一般的なスーパーと変わらないし、BIOだからといって特別に値段が高いわけでもないので、日常的に使えるそうだ。一般的なスーパーでも、自社のBIOブランドが必ずあり、BIOが生活に浸透している。私も日本の自然食品店を利用するが、大抵のものは少し割高なので、ドイツがうらやましい限りだ。
また、洗剤などの消耗品は、詰め替えのサービスを提供しているお店もあり、ゴミを出さない意識が高いことが伺える。

ドイツの社会

海外生活では、誰しもカルチャーショックを避けることができない。荒井さんがドイツに行って初めに直面したのが「超個人主義」。
まだドイツ語がおぼつかない頃の荒井さんが郵便局でモタついていると、後ろから「言葉がわからないなら帰ったら?」と冷たい言葉が飛んできた。日本ならば、非難の的となりそうな態度だが、ドイツでは違う。その人は自分の意見を述べているにすぎないからだ。だから、荒井さんはこう返した。
「じゃあ、あなたは日本語できるの?」
ドイツでは言い返さない人、自分の意見を言わない人は能力のない最低レベルの人にランクされる。それが当たり前だから、こうした態度が対立を生むばかりではない、実際に先のようなやりとりから会話がはずむことだってあるのだという。
ドイツには、日本の「察する」文化はない。その分だけ、話す時に相手に気を使わなくていいところがラクだったと荒井さんは言う。
とはいえ、自分にも人にも厳しいドイツ人は、甘えを許してはくれなかったそうだ。ある日、外出先で差別的な体験をした荒井さんは、当時のパートナーにそのことを泣きついた。慰めの言葉を期待していたのに、「言い返さないあなたが悪い」とピシャリと言われた。あくまでも自己責任だということだ。なかなかメンタルが鍛えられそうな考え方である…。
 
他人のセクシャリティについてもほとんどの人が関心を示さない。2001年、ゲイを公表したクラウス・ヴォーヴェライト氏のベルリン市長当選が、その象徴的な出来事と言えるだろう。2017年には同性婚が合法化し、子どもを養子にすることもできるようになった。2021年末までに65,600件の同性婚が成立している。
 
ちなみに他人の裸も気にならないらしい。フィンランドと並ぶサウナ大国でもあるドイツ。ドイツのサウナは全裸で利用するのが一般的だ。そこまでは「ふ~ん、日本と同じじゃん」と思うが、違いは男女混浴だということ。ドイツには19世紀から続くFKK(Frei Koerper Kultur)と呼ばれる「裸体主義」(ヌーディズム)の文化がある国。そのため人前で裸になることに対するハードルが低いのであろう。日本では誤解されているようだが、FKKは人間性の回復に端を発した歴史ある文化で、決して享楽的なものではない。

まとめ

時に厳しくもあるドイツの個人主義的な傾向は、日本人にとって戸惑いの源となるかもしれない。しかし、同時に私たちの社会のあり方を再考するための貴重な視点を提供してくれる。日本人が根っこに持つ「察する」「和を重んじる」文化は大事にしつつも、他者に甘えすぎていないか、ときには振り返ってみたい。
DIY 文化が盛んなのも、「自分の生活は自分で作る」というドイツ人の自主独立の精神を体現しているのかもしれない。
 
いまでこそ環境先進国であり、住宅性能も高く、個人が尊重されているドイツだが、それは人々の努力でつくられたものだ。19世紀末、産業化・近代化で物質的には豊かになった反面、単なる歯車のように働き、自然とは程遠い生活を送った労働者たちは疲弊していく。そこから人間性を回復するべく誕生したのが裸体主義文化であり、庭付きの家であり、人間らしく生きる暮らしだ。人として心身ともに健康に暮らすためにはどうしたらよいか、それを模索しながらつくりあげた社会が、現代のドイツだ。
 
ドイツの住まいと暮らしを知ることは、単なる異文化理解にとどまらない。環境への配慮と快適性を両立させ、個人の快適さと社会的責任のバランスを重視するドイツ社会に、私たちが学ぶところがたくさんあるように感じた。

Hello News 編集部 柳原 幸代

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