最低室温規制のない日本の住宅
SUUMOリサーチセンターが発表した2024年のトレンドキーワードは「断熱新時代」。日本は、欧米諸国に比べて断熱性能が低い家が多く、快適さで遅れをとっている点を指摘しつつ、日本でも徐々に断熱の重要性が浸透しつつある現状を示している。欧米諸国では、暖かい家は「基本的人権」とされ、最低室温についての規制を持つ国が多いのだが、日本にそういった規制はない。
来日した外国人からは、日本の賃貸住宅がセントラルヒーティングではないことに対する驚きの声が聞こえることもある。セントラルヒーティングとは、1箇所でつくった熱源を各部屋へ送り、建物全体を暖めるシステムのこと。人がいる部屋だけを暖めるのが一般的な日本では、リビングや寝室は暖かいけれど、暖房のないトイレやお風呂は寒い。
アメリカの賃貸住宅って?
日本と海外の住宅事情の違いは、断熱性能だけではない。賃貸住宅のあり方も大きく異なる。海外の賃貸住宅とは、実際どんな感じなのか。
20年にわたるアメリカ生活で、実に10回も引越しをしたという経験豊富な高橋さんに、米国の賃貸住宅事情について聞いた。
そもそも、日本では賃貸集合住宅と言えば「マンション」か「アパート」に分かれる。RC造か木造かといった建物の構造によって区別するのは日本独特のもの。「マンション」は英語では豪邸を意味し、英語ではどちらも「apartment(アパートメント)」となる(以下、アパート)。
高橋さんがアメリカで最初に住んだのは、カリフォルニア州オレンジ郡。ロサンゼルスとサンディエゴの中間に位置し、一年を通じて暖かい気候が続くため暖房は必要ない。アパートはゲートで囲まれたコミュニティ内にあり、入居者やゲストだけがアクセスできる。共用のプール、フィットネスジムが設置されていることが多い。
部屋のつくりは、ワンベッドルーム(リビング+ベッドルームが1部屋)で70㎡前後が一般的だ。冷蔵庫、オーブン、食洗器、電子レンジ、造り付けの棚が備え付けられている。共用のランドリー施設があり、その場合は室内に洗濯機置き場はない。ちなみに、アメリカには洗濯物を「干す」習慣はなく、乾燥機で乾燥するまでが「洗濯」だ。1人1台車を所有するのが一般的なカリフォルニアでは、専用駐車場は当然のように付いている。
L.A.やニューヨークなどの大都市を除けば、こうしたつくりのアパートが一般的なのだそうだ。
さて、気になる家賃はというと、1994年当時、ワンベッドルーム(日本ならば1LDK)で500ドル。1994年12月末の円相場はなんと、99.83円!!(「日本銀行時系列統計データ」より)これだけの広さと施設でたったの家賃5万円とは、なんといい時代だったことか。メンテナンス費や管理費は家賃に含まれている。光熱費が家賃に含まれるかどうかは物件によりけりだ。
日本で言う礼金はないが、敷金に相当するセキュリティデポジット(Security Deposit)はある。1年更新であることが多く、更新のたびに家賃が上がることが多いのは、日本ではまずあり得ないことだろう。
家賃は振り込みではなく、個人手形を銀行でつくり、それを管理人に渡すなり、郵送するなどして支払っていた。それが当時は一般的な支払方法であったという。
賃貸住宅を借りるには
たった5万円のプール付きという夢のような物件はどうやって見つけたのか。インターネットが普及する以前の90年代、日本であれば、まず情報誌を片手に賃貸仲介店に出向き物件を探すのが一般的だった。オレンジ郡だけでニューポートビーチ、アーバイン、コスタメサの3カ所に住んだという高橋さんの部屋探しは、なんと物件現地へ直接行ってしまうのだという。現地を回って「空室アリ」の看板があれば、ゲートのブザーを押し、内見したい旨を伝えてゲートを開けてもらうのだ。たいてい住み込みの管理人が案内してくれる。内見するときはIDさえ示せば断られることはない。物件が気に入って、いざ契約となるとクレジットヒストリーの審査が行われる。
クレジットヒストリーとは、簡単に言うとクレジットカードの利用履歴のこと。利用履歴はもちろん、借入残高や、期日通りに返済しているかなどがクレジットスコアで表されている。クレジットヒストリーのスコアが高ければ、社会的信用度が増すということだ。アメリカのクレジットカードを持ち、クレジットヒストリーがなければ、部屋を借りることはできない。
アーカンソー州とテキサス州
カリフォルニアでの経験からすっかり物件探しにも慣れた高橋さんは、99年にアーカンソー州の北西部、自然豊かなファイエットビルに引っ越し、2000年には、そこで家を建てた。ベッドルーム3つ、お風呂は2つ、ガレージが2つの木造平屋だ。田舎なので、土地を入れても1000万円もかからなかったという。
現地には世界最大のスーパーマーケットチェーン「ウォルマート」の本部があり、住んでいる内に徐々に地域の住宅需要が高まり、2年後に売却したときには200万円ほどの利益が出たそう。
2002年からはテキサス州に引っ越す。ダラス郊外のプレーノでは、オレンジ郡と同じようなプール、ジム、コインランドリ―付きのゲートコミュニティに住み、その後ダラスのアップタウンに引っ越した。ロの字型の建物で中庭があり、真ん中にプールを持つアパートは、家賃が600~700ドルくらいであった。
2005年までテキサス州に住み、その後一時日本に帰国する。
ニューヨーク州
2010年、再びの米国では、何とニューヨークのマンハッタンへ。この頃にはインターネットが普及していたため、事前にネットで調べ、現地の不動産仲介を通して、住む部屋を探した。家賃月2,000ドル、ドアマン付き、セントラルヒーティング、ランドリールーム付きの快適なアパートが1週間ほどで決まったというから、かなりラッキーだ。やはり冷蔵庫やオーブンは付いている。都会のど真ん中で月2,000ドルは激安といっていい。
ニューヨークの建物は古い建物を修繕しながら大事に使う。日本のように30年やそこらで建て直すようなことはしない。それゆえに、ボイラーの故障はよくあることらしいが、このアパートは幸いにしてヒーターが壊れることもなく、とても快適だったらしい。
しかし、もう少し安い家賃を求めて2012年にマンハッタンの東側、フラッシングへと引っ越す。勤務先までドアツードアで1時間ほどかかるが、地下鉄の始発だから座って通勤できるのがありがたい。家賃は1350ドルくらいに抑えられた。ランドリールームはあるが、住み込みの管理人はいなかった。この物件は、建物は新しいのに暖房がコイル状の電気ヒーターで、恐ろしく電気を消費したため、別途暖房器具を購入した。
その2年後に同じフラッシングで引っ越した。その建物はセントラルヒーティングなのだが、週に1度は壊れるのだ。ニューヨークの緯度は青森県とほぼ同じ。1月の平均最低気温はマイナス3.3℃だ。ヒーターが止まれば、夜中に寒さで目が覚めるほど。ヒーターが止まるということは、給湯も止まる。つまり、シャワーを浴びることができない。日本では滅多に起きない大トラブルだが、実はこれがニューヨークあるある。会社に着くと「今日シャワー使えなくてさ…」という会話はニューヨーカーの日常茶飯事だ。
ニューヨークでは、古い建物にこそ価値があるとされ、高橋さんが住んだこの建物も築100年くらい。貴重な建物を大事に、大事に使うのはよいことだが、寒い時期のヒーター故障は本当に辛い。冒頭から欧米の住宅は断熱性が高いと述べ、セントラルヒーティングの暖かさを強調してきたのだが、ヒーターが止まるというトラップがニューヨークには存在した。
もちろん、高級な物件ではヒーターが止まることはないそうだが、そんな物件は目が飛び出るほどの家賃が必要だ。
アメリカの二面性
日本でも「格差社会」が問題視されるようになってきたが、アメリカの格差には遠く及ばない。現地の貧富の差はとんでもないレベルだ。
車を走らせて、殺伐としたスラム街から少し進むだけで、いきなりキラキラとした景色に変わったりするのだ。明確に区別された格差は、実際に住まなければわからないだろうと高橋さんは語る。
賃貸住宅から少し離れるが、日本の健康保険のような制度がないアメリカでは、貧しければ医者にかかることすらできない。高橋さんは盲腸になったとき、一泊二日の手術・入院で支払った費用は約100万円にもなった。金額もびっくりだが、一泊二日にもびっくりだ。手術後まだ歩けなくても、車椅子で「はい、さようなら」。強力な鎮痛剤を処方され、退院させられる。
日本では治療を受ければ十分に回復できるような病気でも、アメリカではバタバタ亡くなっていく。治療が受けられないのだ。一方、先端の医療研究をしている大学が世界のどこよりもあり、金に糸目をつけなければ最新医療を受けられる病院があるのがアメリカなのだ。
心ある企業が貧しい人も利用できる治療施設を設立したり、桁違いの大富豪が地域医療を守る病院に寄附をしたりしている。しかし、日本の感覚では国が制度としてサポートしていないことが恐ろしい。
断熱性が高くても、暖房設備が優れていても、そして、それを普及させる仕組みや規制があったとしても、恩恵が全ての人に与えられているかどうかは全くの別問題だ。社会のシステムというのも大事なのである。
不満はあるが、それでも、まだしも日本はやっぱり恵まれているのではないかと思えてくる。
高橋さんに賃貸住宅の話を聞くことで、思いのほかアメリカ社会のいろいろな側面が垣間見えてきた。
賃貸住宅は、単なる生活空間ではない。それは社会の縮図であり、国を映し出す鏡でもある。
Hello News 編集部 柳原 幸代
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