インドの時代がやってくる③

前回のお話はこちら

前回までは、私とインドとの出会いについて紹介してきたが、今回はインド人が日本で暮らす中で、どんなことに違いを感じたのか聞いてみようと思う。インド出身のプラフルさんにお話を伺った。
現在はオーストラリアに住む彼が、来日したタイミングを見計らって、かつての日本での生活を振り返ってもらった。
 
言うまでも無く、外国人が暮らす上で最も重大なハードルは言葉である。

インドでもともとITエンジニアとして働いていたプラフルさん。インドでの将来設計に少し不安を感じていた時、日本語学校を営む知人が「日本語ができれば、日本で働ける」と提案してくれたという。

「日本のアニメも好きだし、日本の文化にもテクノロジーにも興味がある。それなら日本に行くのはいいアイデアでは?」
 
「日本に行って、1年間日本語を勉強してみようか。日本語を習得したら日本で働けるかもしれない。もしダメだったら、インドで日本語を使う仕事に就けばいい。」


そう考えて、日本行きを決意した。
 
来日に備えて、まずはインドの日本語学校で基礎的な日本語を半年間勉強し、半年後には日本語能力試験N5に認定された。
 
日本語能力試験(JLPT:Japanese-Language Proficiency Test)とは、日本語を母語としない人の日本語能力を測定し認定する試験で、年齢制限はない。世界中で7月と12月に実施され、言語知識(文字・語彙・文法)、読解、聴解の3つの要素で総合的な日本語の理解力・コミュニケーション能力を測る。
 
「日本語がどのくらい理解できるか」を知るためのテストはさまざまな種類があるが、最も有名なのが、国際交流基金と日本国際教育支援協会が共催する、この日本語能力試験(以下、JLPT)だ。
 
日本語を使う企業の採用試験で、日本語を母語としない人の日本語レベルの判断基準とされることが多く、一部の国家試験では最高レベルのN1への認定が受験資格となっている。
 
JLPTにはN1からN5まで、5段階のレベルがあり、N5から数字が小さくなるにつれて難易度が上がる。

日本語能力試験のN1からN5までのレベル別の目安

N1

幅広い場面で使われる日本語を理解することができる

N2

日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる

N3

日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる

N4

基本的な日本語を理解することができる

N5

基本的な日本語をある程度理解することができる

JLPTの規模は年々拡大しており、2023年は世界92の国と地域で行われる試験に、過去最高となる1,481,023人が応募した。世界中で日本語話者が増えているなんて、うれしいことではないか。


応募者数の推移(1984年~2023年)

出典  日本語能力試験公式ウェブサイト(https://www.jlpt.jp/)

さて、話を戻そう。
 
来日し、日本語学校で1年間日本語を学んだプラフルさんは、学校を卒業するころにはなんとN2に認定されたのだそうだ。
 
インド人の語学習得能力の高さには驚かされる。

私が初めてインドを訪れた時、流暢な日本語を話すインド人ガイドに、何年くらい日本語を勉強したか聞いたところ、返って来た返答は「1年半」だった。

聞いた時は目をむいた。



6年間英語の授業があっても英語を話せるようにならない日本人に比べ、インド人はなぜ1年半でこんなにペラペラになるのか…。秘訣を教えてほしいものである。
 
プラフルさんは、インドですでにN5に認定されていたものの、日本の学校でのN5はレベルが高いと感じたそうだ。そこで、日本でもう一度N5から勉強することにした。その結果、前述の通り、N2までレベルアップしたのだ。
彼もまた1年半で、日常的に使われる日本語を習得したのだ。
 
日本語学校での勉強と並行して、在学中からITに絞って自力で就職活動を始めた。17社面接を受け4社内定をもらったが、給料や勤務地など条件が合う会社が見つかったのは2019年6月のことだった。
 
入社した会社では、社員のおよそ2割が外国人で、8割が日本人。社内で使う言語は日本語だったため、メールも日本語だったそうだ。特にビジネスで使う日本語は難しい。これは日本人でも実感していることと思う。
 
難しい日本語で話しをしてくる人や、メールの「尊敬語・謙譲語・丁寧語」に四苦八苦しながらも、Googleで調べて乗り切ったのだそうだ。ITエンジニアなのでPCの設定等は当然理解しているが、日本語設定のパソコンではところどころわからない言葉がある。英語ならすぐわかるのに!と思いながら、わからない箇所は写真に撮って調べた。
ただし、これらも半年ほどで覚えたそうだ。
 
日本で働く外国人のみなさんは、世界一難しいといわれる日本語を、こうした努力によって習得しているのだ。
 
日本のスーパーで、商品にスマホをかざしているインド人の姿を目にしたことがある。原材料を翻訳しているのだ。インド人の場合、ヒンドゥー教であれば牛肉を食べないし、ベジタリアンも多い。イスラム教であれば豚肉やアルコールはNGだ。加工食品であれば、調味料にひっそりと入っていたりするので注意が必要だ。食べられない食材がある中で、原材料名が日本語表記だけ、というのはさぞ大変だろうと思う。
宗教上の戒律は、ただの好き嫌いとはわけが違う。それを破ることは、たとえ口に含むだけであっても、信仰に背くのだから。
 
プラフルさんは牛肉を食べないから、日本でまず覚えなければいけない漢字は「牛」だったわけだ。これを間違えたら大変である。

ベジタリアンの場合、このような苦労はインドでは皆無である。なぜなら、食品のパッケージには、ベジかノンベジかがわかるようにマークをつけることが義務付けられているからだ。

日の丸みたいなマークが緑ならベジ、赤ならノンベジだ。ベジタリアンがパッケージから「ビーフエキス」や「キチンパウダー」の有無を探す必要がない。
インバウンドも増えているご時世。来日するベジタリアンも増えるだろう。私もベジタリアンの一人として、このシステムはぜひ日本にも取り入れていただきたいと切に願う。

さて、このプラフルさん、日本での住まいはどうしていたのだろうか。
 
学校に通っていたときは、シェアハウスに住んでいたという。ゴミの分別など、暮らしのルールはシェアハウスの先輩が教えてくれたそうだ。地域ごとにルールの違うゴミ出しは慣れるまでは日本人でも難しい。しかし、シェアハウスであればゴミ出しに限らず、生活のあらゆることを教えてくれる人がそばにいるのは異国暮らしでの強い味方だ。
 
しかし、そんなシェアハウスでの生活も、ある日を境に、大きな脅威に直面する。
 
新型コロナウイルス感染症、COVID-19だ。
 
共同生活では感染の可能性が高まるため、引っ越しを決断することとなる。

幸い、新しい住まいは不動産店ですんなり見つかった。そのマンションにはプラフルさんのように外国人が多く暮らしているという。ただし、部屋を借りるには日本人の保証人が必要だったが、会社の同僚が快く引き受けてくれたそうだ。
 
マンションでの生活も特に不便はなかったが、一度だけ騒音の濡れ衣を着せられたことがあったそうだ。プラフルさんは確実に寝ている時間にもかかわらず、下の階の住人から「うるさい」と苦情が入ったというのだ。

「絶対に自分ではない」と確信があるプラフルさんはなんと、苦情の主とLINEを交換し、「今度、音が出たら連絡をください」と伝えた。
 
そして下の住人から連絡がきたとき、彼は家にいなかった。騒音の主は、プラフルさんの部屋の上の階の住人だったことが判明した。日本人の感覚では、苦情は管理会社経由でやりとりすることが多いと思うが、直接話し合って、解決してしまうところが頼もしい。
 
育った環境や文化が違う国の人には「そういうやり方があったのか」「そう考えるのか」と、自分が思いもよらないことを気付かせてくれることが多い。
 
カタイ頭を柔らかくしてくれる、そうした人たちの存在は貴重である。

Hello News編集部 柳原 幸代

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