[この人に会いたい]賃貸オーナー中島以知子さん(北海道千歳市):「貸し手・借り手・社会」ー三方よしの精神で<取材・執筆 池口直子>

取材・執筆

株式会社地球王国 代表取締役
池口 直子 / いけぐち なおこ

中島以知子さんは北海道千歳市で賃貸事業を行う、2代目オーナーだ。
「ベスト」でなくてもよい、無理せず身の丈に合った「ベター」をモットーとし、長期的視点で「負けない経営」を心がけていると語る。
妹さんと共に、お父様から事業を継いで11年目になる。

中島以知子さん
なかじま農園の旧牛舎と牧場の入り口。
今は姉妹で、お父様が始めた酪農業と賃貸事業を守っている。

目次

知識と人脈が身を助く

酪農家だったお父様が賃貸事業を始めたのは、周辺地域で宅地化が急速に進んだことがきっかけだった。
お父様は70歳代で認知症を発症。やむなく姉妹で経営権を引き継ぎ、姉の中島さんが実務を担うこととなった。
はからずも中島さんは、この承継とは関係なく、勤務していた会社を辞めようと考えていた矢先だった。
税理士に相続税評価を依頼したところ、もし現状のままで相続が発生すると税金が払えず、家族が路頭に迷いかねない状況にあることが判明した。

事業承継は手続きだけでも大変だったが、そのなかでラッキーなことがあった。知人の紹介で「この人でなければ乗り切れなかった」と思うほど信頼できる税理士に出会ったのだ。
手続きの内容に応じてほかにも司法書士や弁護士、不動産会社などの専門家にも相談し、事業継承とともに賃貸物件の現状確認に着手。それまで管理業務は不動産会社に丸投げ状態で、実は所有棟数すら把握していなかった。
同時に猛スピードで取り組んだのは、賃貸経営の勉強だった。各種セミナーや勉強会などには積極参加し、情報は自分で取りに行った。

凝縮された時間のなかで、たくさんのことを学んだ。
「痛感したのは、知識を身につけることの大切さです。税理士さんや不動産会社さん、またほかの賃貸オーナーのアドバイスを受けたことで、自社物件の特徴を活かす客付け方法を選択できるようになりました。知識と人脈が身を助く。これが事業継承を経験して得た、私の一番の教訓でした」(中島さん、以下同)

初めてのリフォームでつかんだ、成功体験

事業承継時点(2012年12月)での保有物件は事業用を除いて20棟・128戸。
お父様が高齢だったこともあり、お任せのサブリース物件が7棟あった。
間取りは、市場的に見ると供給過多の2LDKが最多。

状況把握のため、一つずつ洗い出していくと長期空室、荒れたまま放置、競争力の低下、日々の管理の不備など大小さまざまな問題が見えてきた。
なかでも一番の問題物件として浮上したのは、築18年・全6戸の鉄骨造で、長期に渡って空室が続いていた5戸の2LDKだった。数年経っても空室が続いていた、築18年の2LDKの部屋だった。

「オーナーのリスク管理としてこれは放置してはいけないと思い、すぐにフルリフォームを決断。2LDKを1LDKに間取り変更し、LDKを16畳と広くし、設備は1坪タイプのユニットバスや食器棚付き対面キッチンなど、他にはない贅沢な仕様にしました」

初めて取り組んだリフォーム。築18年で6室中5室が空室だった。
うち3戸を2LDKから1LDKにフルリフォーム(2013年)。

内装の配色は思い切って大胆に、収納を増やし、設備は全て一新。広報にも力を入れ地元のフリーペーパーに広告を出したところ、内見会当日に2組の入居が決定した。
「自分がイメージしたことを形にでき、入居者さんに喜んでもらえたことで手応えを感じ、賃貸住宅っておもしろい、私に向いているって思いました!(笑)」
「オーナーの責任」を果たそうとしたこの初めてのリフォームが、同時に「物件づくりのコツ」をつかむ、貴重な成功体験となった。

以後、設備の充実を図りながら、さまざまなリフォームを行い満室にしてきた。
2016年には、木造のペット共生型物件も新築した。
現在、全体的に空室率5~10%前後で推移し、空室期間も短縮できている。

承継後、初めて建てた新築物件、ペット共生型・木造メゾネット(2016年)。
物件名のプレートが可愛い。現在も満室をキープしている。

レアワンのヒントは、日常生活のなかに

リフォームで大切にしていることは?
「万人受けでもオンリーワンでもない、他にはない付加価値のあるレアワン物件にすることです。そのヒントはおおげさなものでなく、生活の中でこうだったらいいなと感じることのなかで見つけています」
中島さんのレアワンとは、入居者の暮らしに寄り添う「素敵」や「便利」にあるようだ。
「例えば、ここ千歳市は北海道内でも雪が少ないほうですが、最低気温がマイナス10度台になる厳冬期の朝は車の上に積もった雪を払い落としたり、ガラスの霜を削り取るのが大変です。ビルトインタイプの駐車場ならその手間が減り、物置代わりにもなります。採用したところ、これが入居申込みの決定ポイントとなることが多くなりました」

入居者専用の家庭菜園スペースを設けている物件もある。
ここでは、野菜づくりを通じて入居者同士が自然にコミュニケーションするようになり、物件の雰囲気が明るくなるというメリットも生んでいる。
「土いじりをする子供たちを見ていると、ここでの経験がきっかけになって、将来、農業に興味を持ってくれたら嬉しいなあって思います」

入居者専用の家庭菜園スペース

ファミリー向け物件は最終決定者である女性を意識して、収納や便利な設備・備品などに気をつかう。
あまりお金をかけずにできる小さな部分、例えばコート掛け、台所水栓、スクェア型シンクの洗面台、手元スイッチ付き節水浴室シャワー栓など便利でデザイン性の高いものを選ぶようにしている。

インテリアコーディネーターにステージング&リフォームを依頼。
2年から3年以上も空室が続いていた築16年・木造2階建てを再生。内見の翌日に入居が決定(2018年)
写真Copyright (c) mics inc.

離農が加速する北海道の未来のために

「私達姉妹にとって賃貸事業は、元からの家業である農業の経営をファイナンスの面で支えるために重要な存在です。私たちのやり方で、北海道ひいては日本の農業を未来につなげていくことができればと願っています。これからも「貸し手よし、借り手よし、社会よし」の三方よしの精神を大切に、入居者さんに喜んでもらえる物件を提供し、賃貸事業の安定化をはかっていきたいと思っています」(中島さん)

最後に中島さんが事業承継で得た、貴重な教訓をシェアする。

ポイント:事業承継で失敗しないために

事業承継編

  • 「事業承継が避けられないなら、楽しめ」の覚悟で。
  • 親も自分も認知症になる可能性がある。早めに始め5~10年計画で行う。
  • 認知症の症状が悪化するにつれて、選択肢は少なくなっていく。
  • 税理士にも得意・不得意があるので、複数の専門家(士業)に相談する。
  • 問題は先送りにしない。

賃貸経営編

  • 不動産賃貸のハウツウ本(成功事例)や業者からの情報は鵜呑みにしない。
    (他の成功事例や手法が自分の物件にも適用できるとは限らない)
  • 業者担当者は必要とされる知識・情報を必ず持っているとは限らない。また知っていることを全て教えてくれるわけでもない。
  • オーナーは「人(ご入居者様)の命と財産に対し責任を負う」という自覚を持ち、防災対策、リスク管理をきちんと行うべし。
  • 積極的に管理に関与する (管理会社の手が回らない部分は特に)

オーナープロフィール

中島 以知子

なかじま・いちこ / 2012年に父から不動産事業を妹と共に継承。現在 北海道・千歳市内にサブリース物件を含めて17棟の集合住宅、他事業用建物4棟を保有する法人の代表。2023年8月現在、自主管理1棟、サブリース6棟(アパート)、10棟を不動産会社(4社)に管理委託。問題は先送りにしない、無理のない身の丈に合った経営、入居者に寄り添うレアワン物件を心がけている。
合同会社アイランド・ミドル

取材・執筆者プロフィール詳細

池口 直子

兵庫県生まれ。田園のなかで育つ。関西大学文学部卒業。現在、(株)地球王国代表取締役。
雑誌・単行本・Webの企画編集・制作、ライティング、ブログなどを手掛ける。食、不動産(賃貸・購入・住宅)、日本のモノづくりを主に取材執筆多数。また中医学を学び、国際中医師、国際薬膳師、薬膳茶師の資格を取得、予防の薬膳茶を研究中。趣味は金継ぎ、おいしいもの、食物・植物の機能成分の探索。食生活ジャーナリストの会会員、フードアナリスト。
著書に天才画家のドキュメント『色彩は魂のクリスタル』(彩流社)、伝統工芸作家・職人のルポ『房総匠評判』(宝島社)など。

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