大手IT企業を飛び出したベンチャー社長が仕掛ける新ビジネス(前編)

IT化が遅れていると言われて久しい不動産業界。入居者や建物情報、家賃などを管理する「管理システム」が進化したとはいえ、クリック一つで簡単に予約できる旅行業界や買い物が完了する小売の世界と比較すると雲泥の差だ。そんな中、大手IT企業のブランドを捨てて不動産業界に飛び込んできた経営者がいる。パレットクラウド株式会社社長の梶谷勉さん、Cocolive(ココリブ)株式会社社長の山本考伸さんの2人だ。前編は、梶谷勉さんを紹介する。

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震災で役立つサービス提供

パレットクラウド株式会社(東京都渋谷区)が提供しているのは、社名と同じパレットクラウドという「入居者と管理会社をつなぐSNS」だ。現在、150万戸の賃貸住宅で導入され、秋には、200万戸突破の予定だ。入居者に個別のユーザーIDとパスワードを配布し、これまで電話や書面、賃貸住宅の共用部にある掲示板などで取り合っていた連絡を全てクラウド上で行うというサービスだ。

同社の設立は、2010年。社長の梶谷勉さんは、東京大学工学部を2001年3月に卒業後、インターネット広告を配信するベンチャー企業に就職した。その1年後、ヤフー株式会社に移り、2002年から独立するまでの丸10年働いた。工学部出身といえば、プログラマーを思い浮かべるが、インターネット広告のサービスやシステムの企画、営業などの業務が中心だったという。

2011年、起業のきっかけとなる出来事が起きた。東日本大震災だ。兵庫県明石市出身の梶谷さんは、高校生の時に阪神淡路大震災に遭い、被災した。街が被った被害を目の当たりにした梶谷少年は、「将来、災害時に人に役に立つような仕事をしたい」と思ったそうだ。それから16年が経ち、東日本大震災が起きた時、「まだ何もできていない」というあせりと自責の思いがフツフツと沸き上がった。そして、「震災時に地域の人たちが助け合えるコミュニティサイトを作りたい」と思い立つ。1年間の準備期間を得て、2012年、35歳の時に独立を果たす。街の人々の声を集めたコミュニティサイトを目指し、会社名は“マチコエ”とした。

「2012年に条件がちょうど揃ったことが独立のきっかけになった。資金、エンジニアが同時に揃い、神様が応援してくれていると思った」と梶谷さんは振り返る。

1つ目の資金。梶谷さんが独立をした2012年は、ヤフーのベンチャーキャピタルであるYJキャピタル株式会社が立ち上がったのとの同じ年だ。地域のコミュニティを管理会社とともに作っていくというビジネスモデルが第1号案件として認められ、出資金3,000万円を得ることができた。

2つ目がシステム開発で欠かせないのがエンジニアの存在だ。共同経営者で同じヤフー出身の城野公臣CTOとの出会いが大きい。「自分のビジネスモデルを理解してくれ、『一緒にやりたい』と言ってくれたから独立できた」(梶谷さん)。城野さんがヤフーを辞め、梶谷さんを手伝うとなった時、YJキャピタルの審査が通ったことが家族の説得に役立ったという。

2012年前後、IT業界では、地域のローカル情報を集めてクチコミサイトやコミュニティサイトを作っていた会社は数社あったという。しかし、会員数を伸ばすことができない、運営費が賄えないという理由からことごとく失敗していた。

そこで、梶谷さんが目をつけたのが賃貸管理会社だった。「賃貸業界では働いたことはないが不動産が好きだったということが大きかったです。賃貸管理会社と一緒に入居者のコミュニティとローカル(地域)のコミュニティを作って、育てて行くのは面白いと直感で思った」と振り返る。マネタイズは、管理会社の持っている入居者データ、ビッグデータを活用することで、家具や家電のショップとのコラボなど広告ビジネスが成り立つと考えたという。

一口で「コミュニティ」や「コミュニティサイト」と言っても管理会社の理解を得るのは、時間がかかると想定していた梶谷さん。ヤフーに席を置いたまま進めるのは、難しいと考えた。なぜなら、ヤフーの事業部でいる以上、時間をかけずに成果、つまり数字を出さなけらばならなからだ。そのため、自身の意思で自由に仕事ができる環境を作るには、ヤフーを離れるしかない思った。梶谷さんは、その時の気持ちをこう表現した。

「安定を求めた」

求めた安定とは、「自分の意思決定」「自分の時間」という意味だった。

不動産会社の声がヒントに

独立してからは苦労の連続だった。城野さんと2人で家賃8万円の広尾のマンションの一室からスタート。そのマンションの部屋番号は、802号で「オレ達はヤフーだぞ!」と思いながらやっていたという。

「入居者にIDを配り、街の情報を共有する」「仲良くなってもらう」「入居の満足度をあげてもらう」「いざという時の災害の時に助け合ってもらう」「安否確認をしていきましょう」というコミュニティサイト「マチコエ!」の企画書だけ作って、ひたすら不動産会社を回った。

相手に話すことで気づいたことがたくさんあった。株式会社陽光都市開発(現・株式会社ASIAN STAR)から共感を得て、物件を提供してもらい、みなとみらいの7棟の物件で実証実験を開始した。スタートすると、出だしは、好調、手応えは感じた。コアなファンが付き、街の情報を毎日アップしてくれる入居者もいた。

と同時に、コミュニティを盛り上げることが、世の中の流れに乗っていると感じるようになっていった。入居者イベントを主催したり、投稿記事を社長自ら行ったり。毎日、横浜中華街を食べ歩いては、コミュニティサイトに記事を投稿した。「毎日行ったので10kgくらい太ってしまいました(笑)。冷静に考えれば、中華街のお店を紹介しているサイトなんて他にもあるのに、必死になってしまって、気づきませんでした。社長として失格です。銀行に貯めた3,000万円が湯水のようになくなっていきました…」(梶谷さん)

しかし、コミュニティは、全ての入居者に必要とされているものではないことがわかってきた。管理会社に営業を続けていく中で一番の壁は「コミュニティは、お金の価値に表しづらい」ということだ。コミュニティ作りが大切だということは分かっているが、例えば、100万円の金額を投下した時、どれくらいのリターンがあるか、不動産会社が稟議書を書く時にそれに答えることができなかった。不動産会社が求めているものは、入居者に対して価値を提供したときの結果。満足度が何パーセント上がった、入居期間が長期化につながった、賃料収入、入れ替え時期の空室期間が短くなったというわかりやすい評価だった。

2012年〜14年くらいまで辛い時期が続いたが、営業を続けている中であることに気づいた。10社営業行けば9社が口を揃えていうのが、「困っているのは、入居者とのコミュニケーション」だという。話を聞くと若い世代の入居者は、電話をかけても出てくれないため、更新時期は、業務が膨大だという悩みだった。

この声を聞いたときにひらめいた。コミュニティサイト「マチコエ」は、サイト上でメッセージを送り合うという、コミュニケーションをとるツールが備えられている。 「このツールを切り売りし、コミュニケーションをオンライン化することで管理会社の業務をサポートするのはどうだろうか」

この切り口で提案を行ったところ、すぐさま数社から手が挙がった。契約の更新手続き1件あたり、業務時間の軽減できる、残業時間、手当、送料など、導入後の費用対効果が明確化できたのが大きな要因だった。クラウド化することで、コスト削減になるということもわかりやすかった。また、若者のライフスタイルが変わってきたことも、受け入れられた理由だと梶谷社長は分析する。コミュニティサイトとして運営していたパーツを切り売りしていくことで、管理会社の「自社専用にカスタマイズしたい」という要望にも応えられた。

現在の社名の由来になっている「パレット」は必要な機能を集めて使ってもらう意味。2016年、39歳の時、社名を現在の“パレットクラウド”に変更した。

「パレットクラウドを利用することで管理会社と入居者のコミュニケーションインフラを整えました。もともとあったシステムの売り方を変えただけですが、これが大きな転機になりました。不動産が好きということが参入するきっかけとなり、営業出身ということで色々な人と話をすることで、様々なアドバイスをいただけた結果が、今につながっていると思います」と梶谷さんは語った。

Hello News編集部 山口晶子

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