誰も教えてくれない「イノベーションの条件」~後編~

前回は、海外(フィリピン・セブ島)で、起業のプロセスを体験したい・思い描いているビジネスモデルやアイデアを検証したいという人々が集結した。イベント直前までの様子をお伝えした。後編は、イベント初日のハイライトである「1分間ピッチ」、それに続く「チーム形成」までの様子を紹介する。

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アイスブレイクゲーム

懇親タイムが終わり、参加者が着席しはじめると皆の顔から笑顔が消え、表情がひきしまってきた。部屋の明かりが落とされ、前方の壁に、イベントのスケジュールやルールなどがプロジェクターで映し出される。司会者は、簡単な挨拶を済ませると、スライドに合わせて力強く説明を始めた。

まずはアイスブレイクゲーム(緊張を解きほぐす遊び)を行うという。コミュニケーションをとりやすい雰囲気を作るためだ。その後、休憩をはさんで「1分間ピッチ」が行われる。そこで、優れたアイデアを選びだし、そのアイデアを実現するためのチームを作って初日は解散という流れだ。

「受け身」の人がいない空間

「No Talk, All Action!!」──イベント運営スタッフの着ているTシャツには、こんな文字が書かれている。日本語に訳すなら「口ばかりでは意味がない。無駄な議論より、すぐに行動!実践!」といったところだろうか。

実はこのイベント、全てはボランティアスタッフによって企画・運営されている。ファシリテータと呼ばれる司会者も、オーガナイザーと呼ばれる運営者も、もとはといえば過去に開催されたイベントの参加者だ。その後、運営を支える側に転じたわけだが、その活動にあたって金銭的な報酬は受け取っていない。それでも、このイベントに価値を感じ、「起業家を支援したい、日本にスタートアップ文化を拡げたい」という意思のもと、忙しい本業の合間を縫って、スポンサーや審査員等の協力者探しに奔走し、海外まで飛んできているのだ。同じことは参加者にもいえる。セミナー参加者によくあるように会社の研修費で来ました、というタイプは皆無であり、むしろ、あくまで自分のやりたいことだから、会社には内緒で来ました、という人さえいる。誰もが、自腹で数万円する飛行機代を払い、貴重な休暇をつかって、セブまで来ている。

もともと受け身ではなく、積極的に活動する姿勢の参加者ばかりなのだ。そんな彼らをさらに行動的にする仕掛けも用意されている。前述した20分間のアイスブレイクゲームである。イベントの趣旨やスケジュール、ルール等の説明が終わると、すぐに司会者の指示によって参加者が6つのグループに分けられた。

次に、司会者は「思いつく単語をなんでも挙げてください」と会場に呼び掛ける。すると、参加者たちが次々に威勢のいい声をあげた。

「マンゴー」
「宇宙」
「リゾート」
「ペット」
「合コン」
「英語」
「旅行」

脈絡のない様々な言葉が飛び交い、それらはホワイトボードに記入されていった。次に、司会者が「各グループで、好きな単語を2つ選んでください、早い者勝ちです!」と伝えた。このゲームでは、その2つのキーワードを使ったビジネスを15分で考案し、紙にまとめなければならない。このゲームの最後には、架空の企業として、その内容を全参加者の前でプレゼンするのだ。

マンゴーとリゾートを選んだチームは、世界中のどこにも見当たらないマンゴーまみれのリゾート施設を考案。宇宙と合コンを選んだチームは、プレミアムな出会いを提供する宇宙ツアーを発表した。

ゲームなので、多少ふざけたアイデアでもかまわない。発表を聞きながら、爆笑が起こる瞬間もあるくらいだ。時には、15分で思いついたとは思えない秀逸なビジネスプランも出たりする。そうやって、全ての発表が終わり、全員で拍手する頃には、誰もが「起業って面白い」「人前でアイデアを語ることもできそうだ、自分もやってみようかな」という気分になってくるというわけだ。そういう気分が醸成されたところで、いよいよピッチの時間なのである。

1分勝負は勇気の度合いで決まる

そもそも、ピッチとは何か。世間では「エレベータピッチ」という言葉もよく使われるが、一般的に起業家がビジネスについて知って欲しい相手(投資家や顧客等)に出会った時に、チャンスを逃さず1分間や数十秒という短い時間でそのアイデアの価値を伝えるための「ビジネスやアイデアの価値が一発でわかる、過不足ない説明」を指している。

一方、このイベントにおけるピッチの目的は、「2日間でチームを形成するためのアイデアを選んでもらうこと」だ。そのため、他の参加者に「へぇ、そのアイデア、すごく面白いね」「そのビジネスやってみたいね、儲かりそう」「そういうサービスがあったら世界が良くなるね」などと、共感してもらわなければならない。なお、すでに実行されているビジネスアイデアの発表は禁止されているため、まだ試されたことのない、全く新しいアイデアを発表することが条件である。

想像してほしい。自分が数カ月、あるいは数年も前に「これはいいぞ」と思いつき、大事に、密かに、温め続けてきたアイデアを、大衆の面前で語る場面を。呑み会の雑談や、隣に座った親しい友人との会話ではなく、様々な見ず知らずの人々、それも起業という言葉に敏感で、彼ら自身もアイデアや経験に溢れている人々が真剣な面持ちで着席している中、前に出て発表するのだ。マイクを持ち、「まだ実行したことのない、自分だけのアイデア」について語り、納得してもらわなければいけないことを想像したら、急に心拍数が上がってこないだろうか?

そう、ピッチをするには、まず勇気が必要なのだ。笑われるかもしれない、認めてもらえないかもしれない、恥ずかしい、怖い、緊張する…発表者の誰もがそんな気持ちをふりきって、勇気と共に前に出る瞬間。それがこのイベントにおけるピッチなのである。

無駄のないピッチで観客を魅了する

アイスブレイクゲームが終わり、休憩をはさんだ後、いよいよピッチの時間がやってきた。司会者がまず初めのピッチ希望者を募ると、参加者40名のうち、7割を超える30名近い参加者が一斉に挙手した。

トップバッターは50代の女性だった。

「私は、誰もが気軽に旅行できるサービスを作りたいと思います。皆さんはこの会場に来る前に色々と準備しましたよね?飛行機に乗る前にはスーツケースに荷物を詰め込んで荷造りしましたよね?どんな服を入れればいいか迷いましたよね?私はあれが苦手なんです。荷物を少なくまとめるのも大変だし、スーツケースは重くなるし。だから、そんなことを考えずに旅行に行ければ、気が楽になると思うんです!」

おそらく人前に出ることに慣れているのだろう、多少の緊張はあっても、冷静に残り時間のタイマーを見る余裕が見て取れた。しっかりとした口調で、残りの説明が続く。

「旅行って、生活を他の場所ですることですよね。生活に必要な衣食住のうち、食も住も現地で用意されているのに、衣だけが現地にないのが現状ですよね。それって不便じゃないですか?だから、私は身体ひとつで海外にいける、そんなサービスを作ります。例えば、宿泊予定のホテルに到着したら、クローゼットに必要な服が全部かかっている、そんなサービスです」

話し終えるタイミングで、前方に映し出されたタイマーがぴったりゼロを表示した。1分間を無駄なく使う流暢な説明に、誰もが釘付けになった。控え席で自分の順番を待つ参加者の緊張が高まっているのが、その表情から分かる。

続いてすぐに、次の発表者を呼ぶ。正面の壁に移されたタイマーが更新され、60秒と表示された。そうして次々と発表が続いていく。

「美味しい野菜をこの国の人に届けたい」

「よくある初心者向けのプログラミング教育ではなく、中級者向けのサービスを作りたい。そこにフィリピンのプログラマーを使えばいい」

「自分にぴったりの服を作りたい」

「似顔絵体験を提供する。オリジナルアートにしてもいい、その利益を子どもに還元したい」

こうして全く異なったジャンルのアイデアが発表され続けた。中には60秒で語り切れずに「はい、そこまで」と発言を中断され、落ち込んでいる発表者もいた。

仲間が見つからなければ始まらない

全てのピッチが終わると、運営者は参加者全員に投票用紙を配り、アイデアの選抜を行った。投票数が多いアイデアはもう一度ピッチの機会を得るのだ。

 

2回目のピッチで発表する内容は、1回目とは違う内容をスピーチする参加者が多かった。なぜなら、勝ち残ったということは、そのアイデアは理解され、共感してもらえたということ。ならば、次のピッチの目的は「アイデアが通らなかった人たちの中でも、特に必要な人材に、自分のチームに入ってもらおうと思わせること」だからだ。そのため、2回目のピッチでは「こういうことをやるために、こういう人が必要だ」という話が多く語られた。

2度目のピッチが終わると、発表者と参加者の交流の時間が設けられた。「アイデアの持ち主」と個別に話すことで、分からないことを質問したり、その人柄や熱意を確認したりするためだ。

このイベントでは、毎回見受けられることなのだが、ピッチで勝ち残っても、人が集まらず自分のチームが作れないということがある。原因は様々だ。「アイデアとしては面白いが、自分は関わろうと思わない」という理由で選ばれないのかもしれなし、残酷にも「この人とは働きたくない」と思われているケースもあるだろう。それでも、それがビジネスの世界だ。どんなに面白いアイデアでも、協力者を集めることができなければ、実現させることはできない。

一方で、「アイデアが選抜に残らなかったのに、自分のチームを結成できる」人たちが出てくることもある。このイベントでは「敗者復活」と呼ばれている現象だが、自分のアイデアが選抜されなくても、やりたいことの似ている参加者、気の合う者同士が3人以上集まれば、チームを形成できることになっている。これも現実世界と同じこと。何をやるかははっきりしていなくても「一緒に仕事しないか?」という呼びかけから始まるビジネスも多々あるからだ。

アイデアだけでは不十分

ピッチで勝ち残ったと喜んでいたはずなのに、仲間が見つからず、がっくりと肩を落とし、あきらめてどこかのチームに入ろうとする参加者もいれば、ピッチで落選したはずなのに、気の合う仲間を見つけて目を輝かせはじめる参加者もいる。

どんなに素晴らしいアイデアでも、その実行者がなぜそのアイデアにこだわっているのか、なぜ情熱を傾け、あきらめずに実行することができるのか、その血の通った本気の説明ができなければ選んでもらうことはできない。

同じアイデアでも、実行する人が違えば、全く違う結果になる。アイデアは簡単にコピーできてしまう。ただし、情熱や実行者の個性は、絶対にコピーできない。起業というイノベーションの鍵となるのは「誰がそのアイデアを実行するのか」ということなのだろう。

灘仁美

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