前編では、民泊業界を取り巻く現状を解説した。後編では、民泊を運営している当事者から民泊運営のヒントを探っていく。
自力での届け出には膨大な手間と時間がかかる
「民泊新法」がスタートし、民泊を行うには「届け出」が必要になった。では、この「届け出」を出せばすぐに民泊営業が始められるのだろうか。
「オープンにこぎつけるまでは、物件の改修工事や届け出の申請から受理まで、半年ほどかかりました」と語るのは、昨年12月から民泊を始めたという岡安好長さんだ。現在、民泊新法に則り、1棟貸しで民泊を運営しているが、営業を始めるまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
「以前は飲食店として使っていた建物だったので、浴室や寝室がなく、宿泊に必要な設備やスペースを作らなければなりませんでした。また、建物には防火システムがついていたのですが、温度に反応するタイプでないとだめだと言われたので、これも新たに付け替えました。消防面や設備面で基準を満たしていないと、届け出を出しても受理してもらえません。そういったことをひとつひとつ確かめながら自力でやっていたので、とても大変でした。」(岡安さん)
今回の民泊に使用している建物は、岡安さんが7年前に1億円を投じてオープンさせた、元飲食店。これを115万円かけて改修した。
【改修費用概算と内訳】
浴室設置+工事 | 55万円 |
室内改装工事 | 20万円 |
寝具 | 15万円 |
家具・照明 | 5万円 |
火災報知器 | 20万円 |
1棟貸しで最大7名まで宿泊でき、宿泊料は1泊1万5,000円から。開業から約2カ月間で日本、フィリピン、韓国、中国からのゲスト7組13名が宿泊。売り上げは月に30万円に達する時もあった。届け出受理までは大変だったが、始まってしまえば好調な滑り出しだったという。
一方でトラブルも経験した。室内での調理は禁止しているが、ルールを無視したゲストがいた。彼らがチェックアウトした後には、汚れた皿やゴミが大量に積み重なり、放置された生ゴミからは強烈な臭いが漂っていたという。
「室内には調理スペースがありますが、部屋全体が吹き抜けになっていて、寝室とリビングがひとつの空間につながっているんです。ですから、料理をされてしまうと臭いが充満してなかなか抜けなくなってしまうので禁止しているのですが、勝手に調理をしたようです」(岡安さん)
宿泊人数をごまかして予約をしたゲストもいた。チェックアウトの際、予約時より人数が2人増えていることに気づいた岡安さんが、ゲストにそのことを指摘した。すると、最低宿泊人数で予約をし、実際は最大宿泊数で宿泊するという手口で他の物件にも宿泊していたことを白状したという。
「他の物件はキーボックスでのチェックインだったようで、バレなかったようです。うちは対面で鍵渡しをしているので、すぐに気づくことができました」(岡安さん)
最初は色々と言い訳していたというが、最終的にはその場で追加料金を徴収することで解決した。ちなみにレビューには、料金をごまかそうとしたことは書かなかったという。「部屋自体は普通に使ってくれていたので、悪いレビューは書きませんでした。下手に悪いレビューを書くと、報復としてこちら側も悪く書かれてしまう可能性があるからです」と煮え切らない思いを語った。
レビューは実際に泊めた人、泊まった人が正直に書くからこそ価値があるのだが、場合によっては、今後のことを考えると全てを書くわけにもいかないという複雑な事情もあるようだ。
条例通りにする必要がないケースも
岡安さんのように自力で届け出を出せればいいが、そんな手間も労力もかける時間がないという人も多いだろう。そんな時は、プロに頼れば煩わしい手間を省くことができる。民泊案件を得意とする日本橋くるみ行政書士事務所の元に、民泊新法の申請代行依頼や「旅館業を自分で取ろうとしたけど許可が下りなかった」「民泊を始めたいが、立ち上げから運営まで総合的なアドバイスが欲しい」といった相談が増えているという。
民泊新法については、許可よりも緩やかなハードルである届出制度となっているが、自治体によってはかなり手続きが煩雑なケースもあるという。
例えば渋谷区の場合、住居専用地域や文教地区は条例によって平日の営業は禁止されているが、一定の要件を満たし、「特例申請」を行うことで平日も営業できるようになる。ところがその “一定の要件”をクリアするのが大変なのだと同事務所代表の石井くるみさんは言う。
「条件というのが、地域自治会に入ることや、近隣住人と近隣建物オーナーに対面で事前説明しなければならないというものでした。しかし、運悪く集合住宅が14棟もあるエリアで、住人は留守でも何度か通えば訪ねることができますが、建物オーナーは地方や海外にいるケースもあり、全件確認は困難を極めました。そこで、区役所の担当者には対面で説明するのは現実的に不可能であることを説明し、オーナーへは登記簿を調べた住所地に簡易書留で通知文書を郵送する形で決着がつきました。今回のように厳しい条例が設けられているエリアでは、非常に労力がかかることがあります」(石井さん)
前述の案件は、通常は2週間程度でできるところ、各種調整が伴ったために半年近くかかったという。オーナーが自分で行うとなると時間がかかることはもちろんのこと、交渉力と根気が必要になるのは必至だ。
物件は一軒家がベスト
最後に、前編で紹介したスイッチエンターテイメント代表の川田雄大さんに、これから民泊を始める場合、どのような物件を選ぶのがベストなのか聞いた。
①用途地域が住居専用以外のエリア
②延べ床面積が300平方メートル未満か、500平方メートル以上の物件
この2点を満たす物件がおすすめだという。
①の住居専用以外のエリアをすすめる理由は、各自治体の条例にもよるが平日営業が禁止されているなど運用が困難なケースが多いからだ。
続いて②は、最も費用のかかる自動火災報知機にかかる費用を最大限に抑えられる部屋面積なのだという。「消防設備の設置基準の関係で、300平方メートル未満の場合は、コストの安い簡易の自動火災報知機の設置で済みます。一方、500平方メートル以上になると、もともと自動火災報知機が設置されているはずなので、追加での設置は不要になります」(川田さん)
大人数で泊まれる一軒家が人気
「4名以下の部屋は、宿泊人数が多いほど一人当たりの人数が安くなるという民泊の良さを生かせません。宿泊可能な人数は少ないほど価格もホテルと大差がなくなるので、最低でも6名以上泊まれるようにし、できれば8名以上泊まれる規模がベストです」(川田社長)
海外のゲストは大家族や親戚、友達同士などの大人数で来るケースが多いため、1人あたりの単価が下がる大部屋は歓迎されるという。
【民泊に適した物件概要】
カテゴリー | 一軒家 |
宿泊可能人数 | 6名以上 |
用途地域 | 住居専用以外のエリア |
面積 | 延べ床面積が300平方メートル未満か、500平方メートル以上 |
物件探しは容易ではない
持ち家ではなく、転貸で民泊運営をしようとする場合の物件探しは、以前にも増して難しくなっているようだ。インターネット上には民泊可物件がたくさん出ているが、安易に飛びつかないほうがいいと川田さんは警告する。
「オーナーが民泊として使うことにOKを出していたとしても、実際は100~200万円もかかる消防設備を設置しないと、民泊営業ができない訳あり物件だったなんてことがよくあるのです。以前、住宅宿泊事業法での届け出を消防署に出したオーナーさんがいたのですが、違法建築が見つかり、許可が下りなかったことがありました。それで自身での民泊運営は諦めたようです。ところが、そのオーナーさんは数週間後にその物件を民泊可能物件としてサイトに掲載していたのです。これには驚きました。現状では、転貸できる物件を自力で探すのは難しいといえます。理由は民泊業者が不動産会社と提携して、好条件の物件を持って行ってしまうので、ネットに載っているのは悪条件のものばかりだからです」(川田さん)
転貸ではなく、持ち家か、オーナーと知り合いになり直接借りるのが無難なようだ。
民泊と組み合わせて収益を上げる
旅館業や簡易宿所の許可を取得せずに民泊新法で営業する場合は、営業日数が180日に制限される。そこで、民泊にプラスアルファとなるような事業を行うことで、年間を通して収益をあげる方法もある。
例えば観光ガイドだ。これまでは国家資格を持っている人だけが、有料でガイドを行うことができた。しかし、訪日観光客の増加によりガイド需要が増えていることを受け、2018年1月に通訳案内士法が改正された。そしてこの改正によって「全国通訳案内士」の資格を持たない人でも、有料で通訳ガイドができるようになったのだ。
全国通訳案内士の予備校を運営するTrue Japan Tours(東京都港区)の中村サリラさんは、「資格がなくても合法的にガイドできるようになりましたが、資格がある人とない人では雲泥の差があります。法改正の後は試験に変更点が出たこともあり難易度が上がりました。しかし、その分、取得する価値も増したのではないでしょうか」と説明。ちなみに昨年度の合格率はわずか9.8%。気軽に取れるものではなさそうだが、訪日観光客が増え、ガイドの需要が増えている今、注目の資格と言えそうだ。
今回、民泊に携わる人々に話を聞いて見えてきたのは、民泊新法や条例に合わせてこれまでとやり方を変えていく必要はあるが、十分に参入の余地はあるということだ。民泊が合法となったことを機に、民泊ホストの仲間入りをしてみるのもいいのではないだろうか。
Hello News編集部 須藤恵弥子
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