「家は、賃貸である必要があるんです」。“賃貸暮らし”を楽しむ入居者たち

2019年5月15日付の日経新聞に、こんな記事があった。

〈不動産大手が賃貸マンションの開発に注力し始めた。住友不動産が2021年度に17年度比で5倍超の800戸超、野村不動産も20年度に3倍超の700戸を計画するなど軒並み供給を増やす。(中略)若者層の持ち家志向が低下するなか、賃貸マンションは、「生活の変化に応じて住み替えやすい」(都内の30代男性会社員)点が人気だ。〉

これまで分譲マンションのイメージが強かった大手各社も、賃貸マンションの数を増やすという。背景にはあるのは「所有から利用へ」という若者の意識変化で、“賃貸暮らし”を求める層が増えているからと考えられる。

この記事を読みながら、PM工房社の久保田大介社長の話を思い出した。会ったのは、入退去がピークを迎える今年3月上旬。賃貸での生活を心底楽しんでいる、入居者の話を教えてくれた。

「賃貸暮らしを選ぶ入居者さんは、気に入った物件があるとなかなか出ていかれないんです。中には、この物件に住みたいからと、3年越しで探して今も住み続けている入居者さんもいるんですよ」

嬉しそうに久保田さんが語った。

久保田さんは、楽しくてコンセプトのある賃貸住宅を紹介するWebマガジン「ワクワク賃貸®」を運営している。その仕事を通じて出会った、ある夫婦が忘れられないという。その夫婦は、休日ともなれば2人でアンティークショップを巡り、年代物の家具を買ったり、古い建具を調達しては、押入れの襖を取り替えたりするのが共通の趣味だった。とはいえ入居者が内装に手を加えることを許す賃貸住宅は稀で、なかなか希望と合致する建物に巡り会えずにいた。結局3年かかってたどり着いたのが今の賃貸住宅。DIYを許可しているのだ。

夫婦へのインタビューを終えた後、久保田さんは2人に尋ねたという。

「長く探している間で、家を買おうとは思わなかったのですか」

夫婦は揃ってこう答えたそうだ。

「買ってしまったらずっとそこに住まなければならないでしょう。私たちはこれから先どこで余生を過ごすかはまだわからない。今ここで買ってしまったら家に縛られてしまって、そこを基準に人生を組み立てなければならなくなるでしょう。私たちはまだ、人生を固定したくないんです」

久保田さんは、これを聞いて思ったという。

「このご夫婦にとって、家は賃貸である必要があったんだ」

目次

賃貸のために名門私立大学合格

久保田さんはしばしば、ユニークな入居者に出会う。

ある時、地方に住む女性からPM工房社に問い合わせがあった。「ワクワク賃貸®」に掲載されていた「楽器演奏可能な賃貸マンション」について知りたいという。

その女性には、高校生になる息子がいた。息子の夢は「ドラマーになること」。その夢を応援するため、「東京の大学に進んだら、防音室のある部屋に住まわせてあげたい」と考え、息子に「志望校に合格できたら、この音楽スタジオ付きの部屋に住まわせてあげる」と言ったそうだ。

これを聞いた息子は、目の色が変わった。途端に必死になって勉強し始めた。そして、なんと本当に志望していた名門私立大学に受かってしまったのだ。

上京後、「あの賃貸マンションに住むことだけが受験勉強のモチベーションでした」と、振り返った。

美術の世界で生きていくことが夢だったという、ある美大出身の男性のエピソードもある。たまたま見つけた「アトリエ付き賃貸」に住み始めたところ、没頭できる環境が整ったことから、「描きたい、作りたい」という気持ちが再燃し美術製作に打ち込んでいったという。そして、ついには勤めていた工場を辞め、プロのデザイナーになってしまった。賃貸住宅は、人の人生を変えることだってできるのだ。

久保田さんは断言する。

「賃貸市場にはたくさんの顧客がいます。けれども私たち業界側がその要望を満たせてないんです。そこをしっかり汲み取っていけばこの市場には計り知れない可能性があると思います」

ここのところ、賃貸業界は、スプレー爆発事故や違法建築問題、通帳改ざんなどマイナスなニュースが多い。いずれも、本来顧客であるはずの入居者をないがしろにし、蚊帳の外に置いて商売をしようという考えがもたらした結果だと私は考える。

一般の賃貸住宅はもちろんのことだが、シェアハウス、そして民泊であろうと、住まいを提供するというビジネスには高い倫理観が問われる。人が住み、暮らしが始まるわけだから当然のことだ。

貸す側の意識が向上し、さらには住み手の暮らしを楽しくするようなユニークなエッセンスを加えた賃貸住宅がどんどん出てきたらいいと思う。そういった逆張り大家さんや管理会社が増えれば、賃貸暮らしのイメージは間違いなく高まっていくはずだ。

「家は、賃貸でなければならないんです」

水面下にいるそんな入居者予備軍をうまく取り込める、面白い賃貸住宅が増えていけばいいと思う。

ワクワクわくわく、楽しいコンセプトのある賃貸住宅を紹介するウェブマガジン
『ワクワク賃貸®』

Hello News編集部 吉松こころ

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