【対談】東京・池袋のボロビル再生請負人<後編>

前編はこちら

山田武男


1980年横浜生まれ。茨城のニュータウン育ち。東京農業大学造園科学科卒。2004年に不動産業界に就職して以来、数社の不動産事業に従事。店舗、オフィス、ホテル等の事業用不動産を中心に、数十件の築古ビルを再生、運営に関わっている。築古ビルの空室に若手アーティストの展示場所として活用するイベントを18回開催するなど、ビル再生、地域への関与を模索し続けている。2019年4月、不動産会社(株)オリエンタル・サン設立に参画し、現在取締役。

聞き手 菊池勇太さん


北九州市門司港に店を構える印鑑屋の六男として生まれた。現在は門司港を拠点に宿泊業やアイスクリーム屋、コミュニティスペースの運営を手がけている。地元で様々な事業に挑戦する彼は今、その活動の幅を広げ映画の制作に取り組む。門司港を舞台とし、この地の魅力を外に発信することに力を注いでいる。会社(株)オリエンタル・サン設立に参画し、現在取締役。

菊池
今年一年、コロナになってから、考えていること、取り組んでいることってどんなことですか?

山田
誰しも小さい頃、「ケーキ屋さんになりたい」といった夢ってあったじゃないですか。

菊池
うんうん、パン屋さんになりたいとかね。

山田
「お店を作りたい」っていうのは、一度はみんな思うことですよね。「その夢って皆さん、いつ忘れたんですか?」と。東京にいたら、出店に1000万円、2000万円かかるのは、当たり前なんですよ。人生がかかっています。それで、オープンしてみたら1~2ヶ月で潰れて、2000万円の借金を背負うみたいに言われて、これでは誰もケーキ屋さんを気軽にやれないですよね。

門司港まで来るとそれが、たった50万円とかで叶う。2000万円よりはだいぶ良い。たった50万円で、小学生の頃の夢が叶えられる。いつかお店をやりたいけれど、お金がかかるからその夢が消えていくことを考えると、「いや、50万円あったらやるんでしょ?」と思うんです。

当社も1000万円は出せないですよ。でも「50万円なら出しても良いかな」とは思います。やっぱりやる気次第で、ほんのちょっと背中を押すだけの話なんです。

投資家の立場からしても、家賃収入があるんだったら「そりゃ、あんたやりなさいよ」と背中を押したくなるのですが、それは不動産業界ではすごくタブーとされてるんです。「大家はテナントのビジネスには手を出してはいけない」っていうのが掟みたいになっています。

菊池
たしかに内装まで手を出してる印象ないですもんね、不動産屋さんの人が。

山田
店舗の売買っていうのは実際あるけれど、実は大家はあまり関知してない。

菊池
あー、飲食店の居抜きとかね。

山田
自分はいまだにその掟がある理由を理解できないんですが、先輩方には「情がうつる」と言われました。情がうつれば督促しづらくなる、賃料を上げづらくなると。けれど、これはおかしいと思っていて、ビジネスなんだから、督促や賃料の変更はしっかりと言うのは当然だと思うんです。

「リース店舗」という考え方があります。銀座とか赤坂でお店を開こうとすると、数千万~億単位でお金がかかりますが、いわゆるクラブのお姉様がいるようなフロアの、ふわふわの絨毯とソファがすでに揃っていて、「今日からお店を始められます」っていう状態のままの店舗は昔からあります。ママと女の子が来ると、その日からお店ができる店舗。それがリース店舗です。その代わり、リース料がすごく高いんですよ。通常の賃料が20万円だとしたら、内装いれたリース料は60万円…場合によっては100万円とかになる。ただ、「準備に1億円かかるよりはマシでしょ」みたいな考え方がリース店舗です。

当社がやってるのはそれに似ています。賃料月4万円とか5万円の話なんですが。まあ、月4万円なら「最悪なんとかなるかな」って思える。本当は賃料3万円なんだけど、厨房機器をつけるから5万円でいいですか、みたいな貸し方です。銀座のリース店舗からすれば、かなりかわいい話をしています。

菊池
たしかに。100分の1とかですね。

山田
入居したてのテナントさんが「あれさえあれば、これもできるのにな」っていう機械が100万円した場合でも、「それがあれば売上が上げるんですよね?」っていう話だったら「じゃあ機械を付けてあげるので、賃料は月2万円アップでお願いします」みたいな話ができるので、事業を応援していくビジネスはもっとやりたいなと考えています。

菊池
なるほど。コロナのタイミングもあるし、個人の支援をしようっていう風向きになろうとしているんですね。人生の転換を考えている人も多いじゃないですか。

山田
うーん、それはやっぱり菊池さんの役割じゃないですか?僕はね、そこで「やりたーい」って言った人がいたら、「やろっか」っていうだけです。「ご縁を大事にする」ということを開業以来大事にしていて、出会った人と事業をするようにしています。

菊池
山田さんの特異性はそこだと思っていて、コミュニケーションを密にとってくれるし、「菊池くん最近どうなの?」みたいに話を聞いてくれるじゃないですか。門司港で勝手に色々なことをしていると、「東京でも広めてあげるから」って地道な応援をしてくれるじゃないですか。

山田
それはやっぱ家賃払ってもらってるから…(笑)

菊池
そうやったんすか…(笑)

山田
頑張ってもらわないと、と思っています。ただ、フェイスブックでシェアするくらい、タダじゃないですか。「みんな、なんでやらんの?」と思います。

菊池
そうですね。ただ、世の中の大家さんたちは、あんまりしないと思うんですよ。

山田
「これ美味しいよ」っていうだけだし、それが家賃になってるんだから、「そんなの当たり前じゃない?」って自分は思っています。

菊池
今年は門司港でも事業をやりつつ、東京でも新しいことをされていますが、根っこには門司港での体験も影響していたりしますか?

山田
そうですね。今は、撮影スタジオとヨガスタジオを貸していて、これは門司港の事業とリンクするかもしれないですね。

今年は、「イサオスタジオ神田」というレンタルスタジオをつくりました。たまたま事務所を借りてくれた株式会社イサオスタジオさんの隣の部屋が空いたんです。ボロかったのでDIYで直しました。

イサオスタジオさんの発案で、「学生がアイフォンで就活動画撮ってるらしいから、そのスタジオをやってみようよ」という企画でした。この会社は普段、報道番組の撮影をしていますが、今、テレビ業界ではロケが減っていて、すごく不景気らしいんです。

一方、コロナ禍で、YouTubeなどのSNSはすごく盛り上がっていますが、あれは地上波テレビとは全く別の世界。例えば、イサオスタジオでは学会の様子の撮影をしているそうなんですが、学会って100~200人集まるから、コロナでできなくなってしまったのだけど、毎月やらなきゃいけない会合はあるそうなんです。それをハイクオリティでSNS配信、ZOOM配信するサービスをやったら当たったんです。テレビ事業は売上が落ちたけれど、SNS配信の売り上げは上がっていて、そこで業態転向できたんですよ。

きっかけは「SNS用スタジオって流行ると思うんですよね」っていう飲んでる時の話だったんだけど、「自分で作るのはどうかな…」って。「何百万円もかかりますよね?山田さん」みたいな感じだったから、「もう作っちゃいましょうよ。うちが作るから」って決めました。やってみて、その背中を押したという事例です。

イサオスタジオでの撮影の様子

菊池
なるほど、それで実際にうまく回ったってことですもんね。

山田
そうそう、それで最初はイサオスタジオさんも使うレンタルスタジオにしていたんですが、あまりにもその顧客だけでスタジオが稼働するので、レンタルじゃなくて賃貸に変更しました。

菊池
すごい進化しましたね。

山田
もうひとつはヨガスタジオ。山口紘実さんというインストラクターが運営しています。彼女は、「骨盤メイク」というメソッドを持っていて、そのためのスタジオを探してたんです。けれど、賃料15万円くらいで探すと決断できないですよね。賃料15万円って結局、敷金だけでも50万円くらいするでしょう。個人の先生でそんなお金はなかなか出せないです。

山口先生が、コロナで集合レッスンが出来なくなってしまい、本当は50平米くらいで探していたんですが、たまたま空いた24平米の物件でも良いとなった。少人数でやるか、Web配信するかという状況になったので、狭くても良いということです。それで蓋を開けてみたら、神田駅2分の場所で、全身鏡のあるスタジオはなかなかないので、能の練習の人が来たり、チアダンスの人が個人練習したりして利用されています。

山口先生以外のヨガの先生もよく利用していただけるんですが、利用者の気持ちがわかるので、備品はこういうものを置きたいとか、利用者に「こうしたらどうですか」というアドバイスができます。山口先生の背中を押したのは、「スタジオを作るって何百万円もかかるじゃん」っていうのを「じゃあ作っちゃおうよ」と言ったことですよね。

24平米のヨガスタジオ

菊池
オリエンタル・サンで初期投資するからということですね。

山田
あと物件のネタがあったっていうのはありますね。素人さんだと探せない物件がたまたま自分のところにきました。安くお借りすることもできたし、あとDIYのノウハウもそれなりにありましたし。グループ会社が工務店なので、うちの会社が絡んだら、彼女の夢を実現できる、ということもありました。

当社では、開業したスタジオに「オリエンタル・サン スタジオ」とは命名しません。もしやるなら、やる人のブランド名にします。例えば、ポルトさんなら「ポルトスタジオ」と命名してもらって全然良い。当社は不動産屋なので黒子で良いのです。お客様やパートナーの商売がうまくいくことがすごく大事で、それが賃料になる。オリエンタル・サンの名前を売りたいわけではなくて、やっぱりその人のブランドが良くなることが良いと思っています。

こんな風に「皆さんの背中を押すビジネスっていうのが成立するんじゃないかな」と分かってきたのが2020年でした。

菊池
うちも物件を借りたのは2020年ですもんね。その後、レンタルスタジオさんや山口さんのヨガスタジオが続きましたね。

山田
すごい発見でしたね。良い物件はまだまだ出てきているので、来年以降もまた新しいテナントさんと出会いたいな、と思っています。

菊池
今後どうしていきたいっていう目標はあるんですか?

山田
実はあんまりなくて…

菊池
(笑)。俺、山田さんに毎回思うんですよ。山田さん、ものすごく理詰めでやるんだろうな、ていう感じがしてたんですけど、だいたいロジックは後ではめ込んで、先にエイヤーっていう感じですよね。

山田
自分は、やりたいことはないんですよ。菊池さんみたいに、やりたいことがある人がいて、その人たちに対して「どうやってやったらいいかな」と考えるのが好きなんです。

菊池
「いいっすね」って言いながら、山田さんが一緒にやる感じですよね。それがさっきのイサオスタジオさんやヨガの山口さんの話に近いですよね。

山田
そう、本当に“ご縁”ですね。「こういう会社になろう」みたい目標はあんまりなくて、「やりたいことがあったら、YOUやっちゃいなよ」みたいなことを大事にしてます。

菊池
でも、普通の不動産会社さんよりもかなり突っ込んでいますよね。僕、山田さんみたいな人と初めてお会いしたので驚きました。普通、不動産会社さんって、「あるものをこの条件で借りてくださいね」と言われますよね?

「じゃあ一緒にこういう風にしようよ」とか「そういう風にしたいんだったらここなんとかしてみない?」とか「家賃が上がるかもしれないけれど、それでも借りましょうよ」みたいな柔軟に対応してくれるじゃないですか。

金額でハードルが下がるっていうのもあるけれど、山田さんが人の夢を叶えてあげようっていう意欲や気持ちが伝わるから、借りる人が多いんだと思います。一緒に考えてくれる地方の不動産会社ではあんまり感じたことはなかったです。

東京の不動産会社の人って、僕のイメージだともうちょっとパリッとした感じで…。「1000万円以下の仕事はもうやりません」みたいな空気感かなと思ったけど、山田さんは結構スモールビジネスっていうか個人の始めたいことに付き合ってくれるじゃないですか。

山田
昔から水面下で動くのが好きなんです。「なんでそんなのやってんの?」みたいなことを、5件、10件、100件…って増えてくるとみんな無視できなくなってくる。

菊池
今はゲリラ戦だけど…。

山田
そう!これが積み上がったら「さあ!」みたいな。その方がハードルも低いし、リスクも低い。東京で1件に1億円かけちゃうと、死ぬんですよ。即死です。それはお金というリスクだけとは限らなくて、例えば地震かもしれないし、台風かもしれないし。

菊池
たしかに。中央集権型から分散型へみたいな感じに近いですよね。でかい仕事を1件やるんじゃなくて分散していこうということですね。

山田
僕もそうだし、世の中がそうなんだと思いますよ。メルカリとかも、巨大な個人事業主の集まりですよね。ああいう方が結局強いと思うんです。

菊池
ではそろそろ時間になりましたので、山田さんから視聴者の方に一言お願いします。

山田
例えば小学生の時になりたかった夢を想像した時、リスクは何かを考えて欲しいです。それさえわかったら、「意外と大したことないじゃん」と思うはずです。

あと、「人のお金を使う」というのはファイナンスでは大事なことですね。自分にしか作れないケーキがあったら、あとはそれを叶えてくれる人を探しに行く。実は、隣のおじさんが100万円をタンスに入れてるかもしれない。それを3年で300万円にしますから、とおじさんに言うだけで夢は叶うかもしれないですよ。

菊池
僕も門司港で物件を見つけて、「こういうことをやりたい」っていう人がいたら、後押ししようと思ってポルトを作りました。

今日見てくださった方の中で「お店をやりたい」とか「こういうことが実はしたいんです」っていうような思いのある人がいらっしゃったら、山田さんみたいな変な不動産屋さんもいるので、是非ご連絡いただきたいです。

ほんとに借金って大変なイメージありますけど、100万円だと手の届く範囲な気がするし、やるよりもやらずにモヤモヤすることの方が、人生の時間を損することもあるし、やってから楽しい生活が待っているなら、ちょっとだけリスクを取っても一緒にやってみようよ、という気がします。

移住を検討してる人とか地方に興味がある人は、物件は賃貸で借りたらめちゃくちゃ安かったりするので、諦めずに調べてみてください。一緒にやれる方法っていうのを考えていけたら、と思っております。もし「やってみよう」っていう方がいましたら、是非気軽にご相談ください。門司港なら夢を叶えられるんじゃないか、と思います。

山田
とにかくポルトに行けばいいんですね?(笑)ポルトに行って「お店やりたいんですけど…」って言えばいいんですね?

菊池
ぜひ、来てもらえれば…、叶う気がします(笑)ありがとうございました。

<聞き手>菊池勇太さん

北九州市門司港に店を構える印鑑屋の六男として生まれた。現在は門司港を拠点に宿泊業やアイスクリーム屋、コミュニティスペースの運営を手がけている。地元で様々な事業に挑戦する彼は今、その活動の幅を広げ映画の制作に取り組む。門司港を舞台とし、この地の魅力を外に発信することに力を注いでいる。

ボロビル再生請負人 山田武男

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次