3月21日日曜日。
小雨が降る中向かったのは、小田急線相模大野駅そばの賃貸マンション、の地下だった。
以前勤めていた業界紙時代にも、DIYのイベントには何度か行ったことがあった。
作業着に身を包んだ人たちが、自分の道具を持って自分の持ち場で手を動かしている。
笑顔もあったけれど、そういう取材の現場は、なんとなく苦手だった。
やり慣れている人や、ものづくりに愛着がある人でないとその場にいてはいけないような気がして、カメラ片手になんとなく居心地の悪さを勝手に感じながらつったっていたのを記憶している。
その日訪れた賃貸マンションの地下、通称「キチカ」では、4回目のDIYイベントが開催されていた。
既に20人くらいの人達が集まり、手分けして作業を始めている。
「大家さんと一緒につくろう!マンション地下のまちの基地」という名称のイベントで、これまでに100回以上のDIYワークショップを開催してきた、KUMIKI PROJECT(以下、KUMIKI)の主催だった。
依頼者は地下のある賃貸マンションを所有する大家さん、とのことだった。
「ここにいていいよ」
和気あいあい、というわけでもない。
緊張感が張り詰めた作業現場、というわけでもない。
何か不思議な空気がそこにはあった。
「ここにいていいよ」
と言われているような、自然と肩の力が抜ける、穏やかな雰囲気が流れていた。
そんな環境を作っていたのは、経験豊富なKUMIKI、そしてKUMIKIから依頼を受け、DITのインストラクターをしていた一般社団法人KILTAのメンバー達だった。(DIT:「Do It Together」の頭文字、DIYをみんなで一緒にやろうという言葉。)
胸に印をつけた人達が、イベントをサポートしていた。
一般社団法人KILTA…「空間づくりを実践から学べるコミュニティ」作りを目指し、さまざまなイベントやワークショップを通じて、作る人同士のつながりの場を作っている。
サポーターの一人、丹羽芳徳さんは一見怖そうな職人の面構え。「何をすればいいでしょう」。教えを請うと、まずはヤスリの使い方を教えてくれた。
「これならできそうだ」
夢中になってこすっていたら、あっという間に擦るものがなくなってしまった。
次に、ノコギリの使い方を習った。教え方がやさしかった。
「後少し、頑張って」
「うまいね」
知らない人同士なのに自然と会話が生まれる。楽しい。
気がつけば、もう一人のサポーター、白濱匠太郎さんの指導のもと、電動丸ノコまで使えるようになっている自分がいた。
嬉しい。
普段の生活にはまずない瞬間だ。
できることが増えていく喜びを感じた。
こうした体験ができるのが、KUMIKIやKILTAが実施するイベントの醍醐味のようだ。
大家さんだって試行錯誤
ぎこちない動作で、一生懸命写真を撮っている男性がいた。
「新人のカメラマンかな?」と思ったら、大家さんだと紹介された。
ーー渋谷兄弟。
マンションを所有する有限会社ミフミの代表が彼らの父。写真を撮っていたのは、二人の兄弟の兄の方だった。
渋谷洋平さん、39歳。
弟の純平さん(35)は、作業する人々の混ざり汗を流していた。
KUMIKI PROJECTの齋藤光浩さんが耳打ちする。
「渋谷兄弟は、地域の人たちと一緒に、新しいことができないかと模索しているんだよ。自分達で動きながら新しい大家さん像のあり方を探しているんだ」
父の代とは違う、管理会社との付き合い方、リフォーム会社との付き合い方、地域との付き合い方…。築年数が20年を超えてきた今だからこそ考えなければならないことにぶつかり、もがいているのだ。
そうか。
こういうイベントをする建物を所有する大家さんといえば、革新的で、新しいことにチャレンジすることが得意で、コミュニティ作りの名人だと思い込んでいた。
けれど、誰もがすぐにそうなれるわけではないんだ。
渋谷兄弟だってそうだ。
賃貸住宅フェアや大家さん向けのセミナーで勉強したり、憧れの大家さんを真似たりして、少しずつ理想に近づこうとしているのだと、話してくれた。
「この場所は、どうする!?」
イベントの舞台となった賃貸マンションの地下1階。以前は飲食店が入っていたそうだが、今回のDITの後は、コロナの状況を見ながら、徐々に、入居者向けの共有スペースとして開放して行くようだという。
「入居者の方でミニ四駆が好きな方がいて、ここだと8コースくらい作れるからミニ四駆イベントやろうって話があったり、ドローンを持ち込んで何かしたい、と言ってくれている方もいます」(洋平さん)
使い方だって試行錯誤だ。
いろんな活用法を模索しながら探して行けたらいいと話す。
壁には兄弟が集めてきた本が収まる本棚が作られていた。これもDIYでできたものだ。
イベントに参加していた親子に声をかけた。友田菜美さん家族は、今回で2度目の参加だという。
自身は石川、夫は三重の出身で、3年前に移住してきたそうだ。
小学4年生の娘さんは一人っ子。大人や地域の人々と交流する機会はほとんどない。
「地域との緩やかなつながりが欲しくて、親子で参加できる場がないかと探していました」(友田菜美さん)
シャイだと思っていた一人娘が、積極的に大人と会話をし、電動ドライバーまで使いこなしている。
「あだ名で呼んでもらえた」と嬉しそうに話すのに親の方が驚かされた。その笑顔をまた見たくて2回目の参加を決めたという。
入居者はもちろんとして、地域の人々も参加するこのイベントだが、報酬はない。DIYに興味がある人、交流を通じて地域とのつながりが欲しい人たちの自主参加により成り立っている。
イベントの運営にかかる費用は、大家さんから主催するKUMIKIに支払われる形になっている。
前述の齋藤光浩さんは、「大家さんは一人じゃない。地域や周りに伴走してくれる人は実はたくさんいるはず。こうしたものづくりのイベントがそうした人達の出会いの場になればいい」と語った。
日曜日の早朝から夕方まで、久しぶりに汗をかき、イベントを楽しめた半日だった。
HelloNews編集部 吉松 こころ
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