<前編>アパートの掃除はご近所さんに頼もう!

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緊急事態宣言下での起業

私が全国賃貸住宅新聞で取材をしていた2003年から2014年の頃、IT企業といえば、ビジュアルリサーチかダンゴネットだった。

「部屋探しを携帯電話でする時代が到来」なんていう大見出しが1面のトップニュースを飾る時代だったし、メールアドレスは会社に1個で、入居者管理は分厚い紙のファイルが普通だった。ましてや賃貸専業で上場する会社が出てくるなんて思いもしなかった。

だから、彼の話を聞いた時、「うちの業界にもこんな青年が出てくるとはなぁ」と、子供の成長に目を細める母親のような心境になってしまった。

不動産管理周辺の軽作業ギグワークアプリを運営する、Rsmile株式会社の富治林希宇社長は、1989年11月4日生まれの、31歳だ。

立命館大学で建築都市デザインを学んだ後、最初に入った会社はザイマックスだった。といっても大学出たての若者が不動産マネジメントの最前線に立てるわけはなく、仕事はもっぱら京都の「河原町オーパ」の電球交換や掃除だったという。京都・名古屋・東京勤務を経て5年後、日系の投資銀行、ファーストブラザーズに転職する。1年半ほど在籍し、丸ビル勤務も経験。銀行出身の先輩社員らにまみれながら不動産金融を学んだ。

この頃、富治林青年はこう考えていた。

「次は、起業か、留学か、スタートアップか、3つのうちのどれかだ!」

ちょうど当時、「ゴリゴリのベンチャー会社」だったクラウドリアリティから声を掛けられた。28歳の時だった。クラウドリアリティは、不動産に特化したクラウドファウンディングのプラットフォームを運営していた。

「自分がやりたいと思っていることの先を行っている会社だと思いました。不動産、金融ときて、スタートアップでITを学べると興奮しました。世の中には、お金がつけばちゃんと再生できる不動産がまだまだたくさんあり、価値観の合う人から資金を集められれば解決できることがたくさんある、と前職で実感していましたから、それができる会社だと感じたのです」(富治林社長)

2年間よく働き、またお金も貯めた。それは起業に向けた準備だった。

「僕が生まれてきた使命は何だろうなと考えたとき、僕はめちゃめちゃ金融系というわけでもIT系というわけでもなくて、不動産の管理畑あがりなので、やはりそこを入り口に、不動産業界の課題解決をするのが使命だと思ったんです。ですから、次は、その方向性で起業しようと決めました」

自分で感じた課題が原点

実は、27歳の時、融資を受けて賃貸住宅を購入し、賃貸オーナーになっていた。大学で建築を学んだこともあり、不動産の再生は好きだった。地方の街づくりにも興味があり、大学時代に縁のあった滋賀県で物件を購入した。なんでも自分で経験しないと気が済まないのだ。管理は委託したり、自分でしたりと、ケースバイケース。勢いに乗じて管理会社も作ってしまった。

「自分たちで経験して仕組みを理解して、課題を感じて改善したいということが、根っこにあります」と、富治林さんは語る。

起業資金を作り、毎月の収入源を確保した上で、2020年5月、30歳の富治林青年は社長になった。世の中は緊急事態宣言の真っ只中だった。

不動産管理周辺の軽作業ギグワークアプリ、「COSOJI(こそーじ)」は、簡単にいうと賃貸管理の軽作業をオーナーや管理会社と、それをしてくれるワーカー、多くはその物件の近隣の人や地域の人、とをマッチングするアプリだ。仕事は、あくまでもマッチングであり、元請けになったり管理を行ったりするわけではない。

彼には共同創業者がいる。塚田哲也さん、34歳だ。デジタルハリウッド主催の起業塾「G’s ACADEMY」で出会い、ともに不動産経験があったことから意気投合した。

塚田さんはその時、会計系コンサルティングファーム、KPMGの社員だった。年収は1000万円を超え世間一般と比較すると高収入で、選ばれたエリートだけが働ける会社だ。塚田さんは、それをひょいとやめてきた。

そして共に、Rsmileを立ち上げたのだ。

左から2番目が塚田哲也さん。その右隣が富治林希宇さん

ミッションは、何十回も話し合い、その都度ホワイトボードを真っ黒にしながら、「不動産業務の再定義より新しい取引を作る」とした。

塚田さんの月収は15万円になった。

ワーカーのマインドを上げたい

マーケティングアプリ「COSOJIこそーじ」を作るにあたり、ふたりは軽作業の実務で改善すべき問題点を書き出した。

他にも同様のビジネスをしている会社がないわけではなかった。

しかし、業務の「コスト削減」に重きが置かれ、働く人(ワーカー)のマインドが上がる目線になっていない、という課題があるように思えた。

「僕らは、オーナーの単価を下げつつワーカー側の賃金を上げる両方を考えています。賃金が上がれば、もっと思いを持って働いてくれると考えるからです」(富治林社長)

単価を下げ、賃金を上げるためには、無駄を省き、生産性をあげるしかない。

そこで、現地に行って毎回取っていた見積もりをやめた。そして価格を全て統一にした。いくつか物件を見て回るうちに、軽作業にかかる費用はほとんど変わらないと分かったからだ。

「僕らのプラットフォームでは、価格や仕様はある程度決めています。“これに合意できたら発注してください、受注してください”といってやっていますから、オペレーションは楽です。オーナーもわざわざ連絡をとらなくていいし、地域のワーカーも見積りを作らなくていいんです。“やります!”と手を挙げるだけで働けます。そうすることで、手間やコストを下げています」(富治林社長)

志望動機は「掃除がスキ」

ワーカーとして登録している人は、取材時での2020年12月25日で300人だったが、今年の2月24日には1187人になっている。3倍以上の増加だ。今のところ男性が多いが、女性の登録も増やしていきたいと語る。

「パートに出る代わりとか、子育てしながらという方に合っていると思うんです。すきま時間を使って、家の近くで働けますから」

登録するワーカーたちと接する中でわかった面白いことがある。

ワーカーの応募理由に、「掃除が好きだから」と答えた人がいたのだ。しかも全体の33%に上った。「街を綺麗にしたい」と答えた人も、25%いたという。

目から鱗だったのは、「運動代わりになる」という動機だった人が46%もいたこと。こちらが想像もしない価値があるんだと思った。

また、賃貸オーナーだという人が、「私も大家なのでWinWinアプリはウェルカムです」と、ワーカー登録してきたケースもあったという。

「自分の物件は遠くにあっていけないけれど、人の物件を見ることによって気づくこともあるのかもしれないですね。また、地域に住んでる人の目線も大事。近くのアパートが汚れていたらやっぱり嫌じゃないですか。中にはボランティアでもいいから掃除したいという方もいるくらいです。実際には、その物件のオーナーとつながれないからできないけれど、別にやっていいんだったら、家の前の掃除のついでにやりたいと思っていた方も意外に多かったんです」(富治林社長)

こういう働き手が存在するという事実は、会社を作ったばかりの彼らにとって大きな励みになった。

次号では、今後の展開や未来像と同時に彼らが直面している悩みや課題については掘り下げていく。

Hello News編集部 吉松こころ

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