<第8回>東京・池袋のボロビル再生請負人

目次

前編「商業ビル新築体験記」

筆者プロフィール

山田武男


1980年横浜生まれ。茨城のニュータウン育ち。東京農業大学造園科学科卒。2004年に不動産業界に就職して以来、数社の不動産事業に従事。店舗、オフィス、ホテル等の事業用不動産を中心に、数十件の築古ビルを再生、運営に関わっている。築古ビルの空室に若手アーティストの展示場所として活用するイベントを18回開催するなど、ビル再生、地域への関与を模索し続けている。2019年4月、不動産会社(株)オリエンタル・サン設立に参画し、現在取締役。

1.秋葉原に新築商業ビル!?

時は2005年。私が勤めていた不動産会社は、秋葉原駅前の家電量販店の土地建物を購入して既存建物の再生を行おうとしていた。当時、新たに開業するつくばエクスプレス秋葉原駅の改札口が目の前にできると噂されていたため、この土地は値上がりするだろうと考えたのが購入の決め手だ。

しかし検討の結果、既存建物の再生が難しいことが分かり、同じ場所にビルを新築することに決まった。その際、プロジェクトチームが発足し、入社して2年目の私も参加することになった。

ちなみにその家電量販店は、閉店間際の1~2年間、店舗の大半を使って収益が上がりやすいアダルトビデオ店を営業していた。閉店後は、ビルの入口前で地下アイドルが踊っていたことを思い出す。

秋葉原駅前の様子

土地建物の引き渡しは、その年の大晦日に立ち会いのもと行われた。

2.用途はマーケティング調査から

奥行きのないこの土地(約180坪)に、一体、何を建てたら良いのか。最も稼げる用途とは何なのか。学生時代にアルバイトをしていたマーケティング会社の社長に相談し、調査を行うことにした。エリア・ストアマーケティングの専門家であるその会社が調査を行った結果、各業態の評点が報告された。

秋葉原という街は、世界一の電気街であり、電気屋を出せば間違いないと思うかもしれない。実際、評点は地域の充足率を「1」とすると、秋葉原は「2」を超えていた。

しかし、秋葉原の街の実態はオフィス街である。中央通りにこそ、家電量販店他電気屋、オタクの集うアニメ・ゲームの店が集積しているように見えるが、数字で見ると大半がオフィスの集積する街なのだ。(現在でもオフィスビルが新築され続けている)

調査の結果、圧倒的に不足する業態は、ホテルであることが分かった。たしか、上記の評点でいうと「0.2」程度だったと思う。つまり、出せば当たる状態。1980年からある秋葉原ワシントンホテルは、日本一の売上であるとのこと。しかし本物件は、採算分岐である120室以上をとれる敷地ではなく、断念した。

次に不足していたのは飲食ビルであった。評点は「0.4」弱。今でこそ、atreやダイビル、AKIBAICHIなどが揃う秋葉原駅前も、2000年代初頭までは男性向けのラーメン、カレー屋など、ドカ食いの店ばかりが並び、落ち着いて食べることができる店はなかった。

こうして10階建の飲食ビルを新築することが決まった。

写真はイメージです

3.設計・施工はビル価値に影響する

虎の子の新築物件。どこの設計・ゼネコンで建てればいいか。2005年は姉歯事件(※)が世間を騒がせていた年だ。安いだけの業者に発注し、その設計事務所やゼネコンが倒産しまったら、この土地建物の資産価値に影響が出て、売価が下がってしまうかもしれない、という心配から、大手数社の設計事務所やゼネコンに対し、コンペや相見積を実施した。その結果、業界でも5本の指に入る会社の、設計・施工体制が決定した。

※姉歯事件…2005年11月に、ある分譲マンションで発覚した、姉歯一級建築士による構造設計の構造計算書偽装問題。組織的に繰り返し耐震偽装を行っていた。

4.景色を見せたがる設計事務所、クローズ空間を好む飲食店

山手線の秋葉原駅前という最高の立地にある商業ビルだけに、設計コンペが行われると、気合いの入った個性的な提案が出そろった。例えば、秋葉原の夜景の見える最上階にバルコニーを設置するプランや、全フロア総ガラス張りで、外の景色を楽しみながらディナーができるプランなどなど。

そこで、アドバイザーとして同席していた商業ビル専門の仲介業者(以下:アドバイザー)の悲鳴が上がった。

「景色見せてどうするんですか!?」

アドバイザー曰く、店舗とはブランドイメージであり、外の景色など見せてしまったら、ブランドの世界観を内装で表現できない。例えば、「歌舞伎町の景色を見ながらフレンチを食べたいか?」ということらしい。

商業ビルとは、あくまで各店舗の世界観を表現する箱であり、ビルの個性を出すものではないということを突き付けられた。各店舗のブランドイメージを表現できることが、高い賃料の実現に繋がる、ということなのだ。

写真はイメージです

5.EVは輸送量・サインは大きさが大事

EVは当初、18人乗り程度のものが2基設計された。しかし、これもアドバイザーの猛反対にあう。たくさんの人員が乗れるよりも、ピストン輸送できる輸送量が大事で、大型のエレベーターは乗降に時間がかかるため1階に行列ができる、とのことだ。

このアドバイスを受けて、設計で許容できる小型EV3基としたが、開業後も行列問題は起こっていたので、もし2基だったらどうなっていたことか…。

また、テナントサイン(看板)は、設計や大手デベロッパーはビルの意匠を優先し、より小型のものを好む傾向だが、商業テナントにとって、外部に出せる看板は死活問題。行政の広告物条例で許される最大の面積がほしいとのことだった。

比較的安価にできるテント地を設計が見つけてきたので採用し、ビルの両角に照明付きで出すこととした。ただし、テナントサインのデザイン案は、貸主のチェックを必須とし、全体の意匠を傷つけないものとした。

6.2階、地下1階も専用階段で路面並みの効果

商業テナントは、路面が命。1階の路面がもっとも高い賃料をとれるのだが、実は、2階や地下階でも路面なみの賃料がとれることがある。それは、専用階段があることだ。

写真はイメージです

前述したように、店舗はブランドイメージを表現できる専用空間の面積をできるだけ広くとりたがる。ビルの入館者全てが自分の店に来るわけではないので、導入部分に店舗がはみ出るような表現がしたい。路面に出すA看板などもその末端にあたる。なので、道路から直接導入のとれる専用の直通階段は、路面なみの効果があるのだ。

写真はイメージです

こうしてあっという間に2年が過ぎていった。後編につづく。

ボロビル再生請負人 山田武男

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